金(gold)について大いに語る

金(gold)って、不思議だと思いませんか?
どうして、誰もが「金に価値がある」と思っているんでしょうか。どうしてそれが世界の共通認識になっているんでしょうか。
 
そりゃ確かに、金歯だとか電子機器だとかに使われます。
ただしそういった実用的な用途というのは、極めて限られます。ごく微量に過ぎません。その他、一部がせいぜい装飾的用途として使用されるだけです。

モノの価値は、需要と供給の関係に従い、自然に決定します。
金は産出量および供給量も少ないのでしょうけれど、本質的な需要は大したことないわけで、本来ならそれほど価値が高いはずがない、と幸田は思うのです。
しかしながら世界中の誰もが、「金には高い価値がある」と認識しています。不思議です。
 
そうそう。ダイヤモンドも同様ですね。
これまた装飾的用途しかありません。実用的用途としては例えばダイヤモンドカッター等がありますが、それらは(高価な天然モノではなく)人工ダイヤモンドで済むようです。
装飾的用途を全否定するつもりはありませんが、それだけで「高い価値がある」と誰もが認識するには無理があります。
 
で、その辺りの理由について納得のいく説明を見たことがないんですよ。
そこに不自然さを感じざるを得ません。
 
つまり私達は、金にしろダイヤモンドにしろ、
「高い価値がある、とダマされているんじゃないか?」
と幸田は感じるのです。実は誰かにそう洗脳されているんじゃないか、と。
 
そしてそれこそが、この社会を形成する、インチキシステムの根幹ではないかと疑っています。
 
多くの人々の洗脳が解け、
「金やダイヤモンドなんざ、そこらの石ころの価値と大差ない」
と気付いた瞬間、富は、そういったインチキ臭い稀少資源の裏打ちを失います。富が富でなくなります。
また、金によって間接的に価値を裏付けされている各国の紙幣も、一気に価値を失います。
 
世界が完全に変わってしまうでしょうね。
 
世界の大富豪が一瞬にして消滅するでしょう(笑)
となると、富によって社会を裏から表からコントロールしていた連中が、力を失います。
逆に富は「価値を生み出す力を持つ」個々人に集まります。ユニークな創造性を持つ人々は富を増やすことでしょう。
 
実に楽しい、幸せな世界となりそうです。