安藤忠雄「コンペの条件は予算1300億円。何でこんなに増えてるか分からへんねん!」 騒動後初コメント

【スポーツ報知】 2015/7/11
“安藤忠雄「コンペの条件は予算1300億円。何でこんなに増えてるか分からへんねん!」 騒動後初コメント”

http://jacklog.doorblog.jp/archives/45513263.html

 
BBSでは安藤忠雄氏が叩かれているようですが、そりゃ違いますよね。
お門違いだと思います。

要するに利権です。
醜い利権がドサドサと積み上がり絡み合い、気がつけば当初予算の2倍に膨れ上がっていた、ということでしょう。
安藤氏に直接責任があるのではなく、いわばダシに使われただけでしょう。だから、
「しゃべりたい気持ちは満々らしいが、周囲から止められているらしい」
というわけです。
 
前にも書きましたが、プランだとか事業だとかいうものは予め、見直し条件や撤退条件を定めておくべきです。
予め定めておかないから、「仕方がない・・・・」でそのまま突き進んでしまうのです。
 
そしてそれ以前の話として、モラルの崩壊というのが幸田は気になります。
 
昔の日本人には、
「“卑怯”をことさら嫌う」
というモラル、美意識がありました。
日本人の強さでもあり、アイデンティティだった筈です。それが戦後、崩壊したと感じます。
 
つまり日本人は、
「ひとたび卑怯な行いを為せば、即ち死をもって償う」
或いは、
「卑怯と糾弾されれば、死をもって汚名をそそぐ」
という覚悟で生きていました。
もし誤解によって「卑怯だ」と言われれば、相手を一刀のもとに斬り倒した上で自らも腹を切る。そういう強烈なモラル、美意識によって自らを律していました。
 
また周囲も、全幅の信頼をおいてその人の行動を見守ると共に、ひとたび卑怯な行為があれば全員で糾弾し詰め腹を切らせました。
だから細かいところまでいちいちルールを定めなくとも、世の中うまく回っていました。
 
そういうモラル、美意識を復活させたいものです。
日本の再建はそこから始まる、と幸田は考えます。今の日本は卑怯な連中が多すぎます。また卑怯を安易に許す、見逃す風潮もどうかと思います。