縄文人=弥生人。学者先生方は一体いつになったら定説の見直しを行うのか!?

2015/11/12


 
西都原古墳群(宮崎県佐土原市)の敷地内に、西都原考古博物館という施設があります。
幸田のお気に入りのスポットで、宮崎に住んでいる時は年に何度か足を運びます。訪れる都度、常に何らかの新しい「気付き」があります。
 
ある日、ふと考えたこと。
「よし、今日は縄文人と弥生人の頭骨を、ひと目で見分けられるようになっておこう(笑)」
ガキんちょの頃ご幼少の折、学校の教科書だか参考書だかで見た、縄文人と弥生人の頭骨の写真は、両者の違いがハッキリしていました。
なので実物を見れば一発だろう、と思ったのです。
 
広い展示室内には、幾つもの頭骨があります。
1つ1つ、眺めつつ驚きました。う~む、両者の違いが全然分からない(大汗)

外観にほとんど差がありません。臼歯を見れば、
「あ、これは弥生人かな?」
と、何となく判別がつく程度。
 
結局、展示ラベルを見ず頭骨だけをパッと見て、両者を判別できるようにはなりませんでした。いや確かに、1つ1つに差はあるのですが、所詮「個人差」のレベルではないか、と感じました。
以前見た頭骨写真の、あの明らかな違いは一体何だったんだろう・・・・という疑問が残りました。
 
その疑問が、最近になって突如解決したのです。
 

【小名木善行 ねずさんの ひとりごと】
“縄文人と弥生人は同じ人” 2014/05/06

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2250.html

 
学校の教科書だか参考書だかに掲載されていた写真とは異なるかもしれませんが、両者の比較写真は偽造(変造)されているのだとか(驚)
 
要するに、両者の差なんてものはおそらくほとんどないのです。
だから幸田は、頭骨の展示を見てその差を判別できなかったわけです。
写真を偽造(変造)してまで、両者の差を印象付けたいという、何らかの胡散臭い意図を持った人々がいる、というわけです。
 
さらに先日、以前から気になっていた長浜浩明氏の著書「日本人ルーツの謎を解く」を読み、その謎が解けたような気がします。
 

  • 太古、人種のるつぼであった日本列島に『縄文人』が形成され縄文文化が花開いた。
  • しかし縄文晩期に何らかの事情で、縄文人人口が大幅に減少した。
  • そこに大陸の人間が半島経由で大量に渡来し、人口減少した縄文人との混血が進んで『弥生人』が誕生した。以降、弥生時代へと移行。
  • 稲作をはじめとする諸先進文化は、彼ら弥生人の元となった渡来人が、大陸や半島からもたらした。

 
というのが、従来の「揺るぎない」定説でした。異を唱える者はいませんでした。
ところが今日の様々な研究成果を丹念に分析すると、この定説が完全に覆っているというのです。