メンテナンスフリー「究極のPC」を設計すると・・・・・あれれれ!? - 後編


 
前編より続きます。
 
大いに繁栄し、生物界のヒエラルキーのトップに君臨する、ヒト。ホモ・サピエンス。
しかしまあ、あらためて考えてみると、非常に不思議ですね。進化論の原理原則に適っていると言えるのでしょうか。
 
何が不思議って、生物としての「ヒトの脆弱さ」です。
 
まず、自然界でまともに生きていけない。例えば炎天下に数時間立っていれば熱中症にやられるし、寒い中に数時間立っていれば体温を奪われ死に至ります。
乾燥にも弱い。紫外線にも弱い。かと言って長時間、水中で生活できるわけでもない。雨天が長く続けば、それだけで生命の危機となります。
勿論、寒い時期を避けてしばらく冬眠する・・・・というわけにもいきません。環境の悪い時期はカラに篭って生き延びる、という機能もありません。

1日あたり、最低でも千数百kcalもの食物を摂取しなければならない。これは、例えば爬虫類などと比べると燃費がかなり悪いです。
自然界で生きていく上で、随分と大きなデメリットなのではないでしょうか。
 
足が極端に早いわけでもありません。ということは獲物を追いかけるにしても、猛獣から逃げるにしても極めて不利だと言えます。
角や牙、鋭いツメがあるわけでもありません。空を飛べるわけでもありません。
病気を媒介する蚊に刺されただけで、死にます。あまりにも脆弱過ぎます。
 
受精から出産までの期間が長く、この間女性の活動性は低下します。出産リスクも大きく、失敗すれば母体も子供も死の危機に瀕します。
乳幼児の生命力はさらに脆弱で、それを守るために女性の活動性(労働生産性と言うべき?)は数年以上低迷します。
これは他の動物と比べて、大きなデメリットだと言えるでしょう。特に卵生の動物との差は歴然としています。
 
つまりヒトという生物は、
「快適な住居や衣服、食料を捉えたり外敵から身を守るるための、ワナや武器など諸々の道具を有し、かつそれを有効利用できる頭脳を有しない限り、地球の自然界で生きていくのは極めて困難」
だと解ります。
そうですよね!?
 
進化論に沿って説明されるように、サルが大いに進化し数百年前に類人猿が誕生したとして、彼らはどうやって生き長らえたのでしょうか。
勿論、彼らが最初から、住居や衣服、道具を有していたわけではありません。それらを獲得するまでに相当な期間を要した筈です。
にもかかわらず、どうしてヒトはここまで繁栄することが出来たのでしょうか。
次作原稿を書きつつ、そんなことを考えさせられる今日この頃です。
 
進化論は、調べれば調べる程矛盾だらけです。
進化論のセオリーに従えば、ヒトが誕生すること自体不思議だと言えるし、ましてやヒトがここまで繁栄するというのも不可解です。
「ヒトは、ハナっから文明とワンセットで誕生したのではないか」
と考えなければ、説明がつかないのではないかと感じます。
 
私達日本人は、学校で進化論を習います。あたかも既に解明された真理であるかのように教わります。
日本のアカデミズムでも、(幸田のような部外者から見れば)同じ状況のように感じます。
 
しかし海外では、もはや別の段階へと進んでいるようです。
即ち進化論は既に過去の理論となり、
「ヒトは、何らかの存在の意思により、意図的にデザインされ創られた。そして突然誕生した」
という、いわゆる「創造論」の方が優位だと聞きます。幸田も創造論の方が余程納得がいく、と感じるのです。
 
それを示唆する伝承が世界各地に存在する、という事実も、無視できないと思います。
皆さんご存知の通り、聖書には、
「神は自身に似せてヒトを創った」
と書かれています。
 
記紀の日本神話(正確には神話ではなく「神語かんがたり」)にも、
 

  • 天からニニギが降りてきて、コノハナサクヤヒメ(人類)と子を成す。
  • コノハナサクヤヒメはあっという間に妊娠、出産。
  • その子ホオリ(山幸彦)は、トヨタマヒメ(ワニ)と子を成す。
  • その子ウガヤフキアエズは、トヨタマヒメの妹タマヨリヒメ(同じくワニの筈)と結婚。

 
と、地球外生命体による異種交配を思わせる記述が存在します。