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歴史学者は論理思考力ゼロ? それともイカサマヤロー!? - 前編

先日、こんな記事を書きました。
 

【幸田蒼之助の休日】 2019/01/13
“明治維新以前の日本は「連邦国家」だった - 古代日本に「王」なんぞおらん”

明治維新以前の日本は「連邦国家」だった - 古代日本に「王」なんぞおらん

 

  • 日本は元々一国ではなく、国が多数存在する「連邦国家」だ。
  • ただし日本に「王」は存在しない。
  • 勿論、天皇も王ではない。
  • 連邦国家の元首だからこそ、天皇は「みかど」「すめらみこと」と呼ばれた。


といった内容です。
では、「大王(おおきみ)」という呼称は何処から出てきたのでしょうか。
 
 
 

古事記に「大王」という呼称は出てこない

wikipediaの記述によれば、
 

【Wikipedia】
“大王 (ヤマト王権)”
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%8E%8B_(%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%88%E7%8E%8B%E6%A8%A9)
 
大王(おおきみ/だいおう)とは、飛鳥時代以前のヤマト王権(倭国)の首長を指す歴史用語。

 
だそうです。
「王」が居ないのに「王権」とは、これ如何!?(大笑)
 
前掲の記事で、古事記において「王」という呼称は、「皇子」という意味で使われている……と解説しました。
 
では、「大王」はどうでしょうか。
全文検索しますと、案の定、「大王」の文字は1件もヒットしません(笑)
 
ほら見たことか~っ。……
 
 
 

なんと天皇ではなく「皇子」を……

ちなみに日本書紀の方はどうでしょうか。
全文検索すると、なんと「大王」の文字は(全30巻のうち)計9巻でヒットします。
 
「ほう。んじゃ古代日本では、確かに天皇が『大王』と呼称されていたんだ。歴史学者の言うとおりじゃん」
となります……か!?(^^;
 
いえいえいえ、さにあらず。
使用例を1つ1つ確認すると、「天皇」ではなく、即位前の「皇子」(皇太子?)を意味しているんですよ(!!)
或いは百済や高麗(こま)の王も、大王と呼称しています。
 
全くもって、天皇の呼称ではないんですよね。
レレレのレ~(笑)
 
太古より何百年にもわたり、天皇の事を「大王」と呼んでいたのであれば、そりゃもう、古事記もしくは日本書紀にそう書かれている筈ですよね。
しかし実際には、そのような記述は全く存在しない。
 
いいですか!? ここ重要ですよ(^^;
 
 
 

実は根拠ゼロだった

にもかかわらず、前掲のWikipediaによれば、
 

5世紀後半までに大王、治天下大王(あめのしたしろしめすおおきみ)の称号が成立し、この称号が飛鳥浄御原令の編纂が始まった680年代まで日本国内で用いられた。

 
と書かれているわけです。
で、その根拠は示されていない。[要出典]と、根拠の提示を促すマークも付いていない。
 
なぜ!?(^^;
 
 
 

金石文の「大王」も根拠にならず

「いやいや、鉄剣銘などに『大王』の文字があるじゃん」
とおっしゃる方も、おられるかもしれません。
 
埼玉県稲荷山古墳や、熊本県江田船山古墳から出土した鉄剣に「大王」の文字が刻まれています。
それから和歌山県隅田八幡神社所蔵の人物画像鏡にも「大王」の文字が見られます。
それら、金属や石などに記された文字資料のことを「金石文」と言います。
 
「ほら、やっぱり」
……ですか!?
 
確かに大王と刻まれてはいますが、それがいわゆる「天皇」を指していた、という確証はどこにもありませんよ(笑)
 
それに、その製作者が日本人だったとは限りませんよね。
在日外国人が製作したかもしれません。或いは百済や新羅から納められた貢物だったかもしれません。
 
幕末の外国人は、徳川将軍の事をGeneralだとかKaiserと呼びました。「しょうぐん」とは発音していませんし、両者の意味も徳川将軍とは本質的に異なります。
外国人は天皇の定義を全く理解できず、当の幕末日本人も外国人に対し、それをうまく説明出来なかったといいます。天皇と将軍のどちらが国家元首か……さえ解説しきれなかったのだとか。
 
古代の外国人だって、天皇をストレートに天皇と呼ばず、発音も意味も異なる呼称を用いた可能性は大いにあり得ます。
中華思想どっぷりの大陸人など、特にそうですよね。仮に天皇という呼称を知っていたとしても、使う筈がないんですよ。