1-3, 漢字の読みが判らない

改めて魏志倭人伝を読み解く ー 有象無象の珍説奇説を木っ端微塵に蹴散らす

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第一章、謎解きを始める前に

1-3, 漢字の読みが判らない

 漢字とは、古代の大陸にて考案された、と言われています。
 その原型は黄河文明の頃から存在(学校では甲骨文字について教わりました)し、紀元前2,500年頃の蒼頡そうけつという人物が、改めて漢字として創り上げたそうです。
 それを秦の始皇帝が、国家の公用文字として採用します。それが即ち「漢字」の由来だと言われています。
 
 ところが不思議な事に、その漢字発明者「蒼頡」の石碑(蒼頡廟碑。陜西省白水県蒼頡廟)に刻まれた文字が、実は漢字ではありません。不思議なことに、誰も読めないのだとか。
 また、漢の時代に入ると漢字辞書が編纂されますが、その時点で早くも、それぞれの文字の由来が判らなくなっているのです。これはどういう事でしょうか。

 そもそも漢字は、古代の大陸人が考案したものなのでしょうか。実はそこからして疑わしいのです。
 というのは、古代史を研究し多数の著書のある高橋良典氏は、
「蒼頡の石碑の文字は、日本の神代じんだい文字だ。神代文字としてちゃんと読める」
 と唱えています。つまり漢字の原型は、縄文日本発である可能性があるのです。
 
 前節でも触れましたが、縄文日本は今日学者先生方が唱える歴史観以上に、高度に発達していた可能性があります。おまけに理想郷たる「ユートピア日本」だったのです。
 ところが今から約7,000年前、鹿児島は鬼界カルデラの破局噴火スーパープリュームが発生し、西日本が壊滅しました。その際縄文人が大慌てで土器に食糧を詰め込み、舟を漕ぎ出して日本列島から脱出した痕跡があるのです。縄文人が危機に際し世界中のあちこちに散った、と考えられます。
 
 遠くはポリネシアや中南米にまで、縄文日本人が逃げ延びたようです。の地で縄文人骨や縄文土器が出土しています。それどころか、何と中東やアフリカでも出土しています。
 
 近場では、朝鮮半島。朝鮮半島は12,000年前に最後の氷河期が終わった頃より、何故か無人となったようです。以来5,000年間、人が住んでいた痕跡が見当たりません。その後……つまり約7,000年前、再び人が住み始めたようですが、彼らの遺伝子を分析するにどうやら北部九州人らしいのです。これまた時期的に、破局噴火後の縄文人「列島脱出組」なのでしょう。
 
 近年、古代中国大陸では黄河文明よりも前に、長江文明が発達したと明らかになりつつあります。
 その代表的遺跡たる河姆渡かぼと遺跡。7,000年程前の遺跡だと言われています。中国大陸において稲作が始まった遺跡として有名です。
 そこからも、何と縄文土器が出土しています。
 つまり長江文明の祖は、鬼界カルデラの破局噴火により世界中に散った、我が国の祖先縄文人である蓋然性が高いのです。

「いやいや。我が国において稲作が始まったのは、弥生時代だ。つまり紀元前ちょい前……の時代だ。7,000年も前に稲作をやっていたわけないじゃん(ワラ」
 と思う方がいるかもしれません。
 確かにおっしゃる通りです。我々日本人は学校でそのように教わりました。
 
 しかしその情報は相当に古いです。実は20年以上前の時点で、プラントオパール……つまり植物の化石研究において、少なくとも6,000年以上前から縄文日本でも稲作が行われていたと判明しています。
 気になる方は「岡山県朝寝鼻貝塚」で検索してみて下さい。
 
 では、日本の稲作開始は約6,000年前なのでしょうか。
 6,000年前といえば、前述の鬼界カルデラ破局噴火より後です。つまり長江文明発祥や半島人出現よりも後です。
 
 いえいえ、そうではありません。
 我が国の考古学者は何故か全く喧伝しませんが、日本の稲作のスタートは約7,000年前の鬼界カルデラ破局噴火よりずっと古いのです。実は10,000年以上も前――つまりは世界最古――なのです。
 
 ほんまかいな、と思う方は「島根県 板屋3遺跡」で検索してみて下さい。実は我が国では、10,000年以上前に稲作が始まっていた事が判ります。
 おまけに、それらの学術資料をよく読むと、今や日本列島のあちこちで10,000年程前の稲作の痕跡が見つかっているらしいのです。学者先生方が吹聴しないため、私達が知らないだけのようです。
 ですからネット上にもあまり情報がありませんが、日本の稲作開始は約6,000年前……ではないのです。今や約10,000年前だったと情報がアップデートされている……と知るべきです。
 
 結論。――
 
 日本人は言語学的に見ても、
「少なくとも6,500年以上前から、系統不明の孤立語民族」
 だと判明しています。
 つまりよそから多大な影響を受けた民族……ではなく、
「いわば他国に影響を受けた側ではなく、逆に他国に影響を与えたオリジナル民族」
 の側なのです。
 
 オリジナル民族たる縄文日本人こそが、大陸や半島をはじめ、世界中に影響を与えた……という歴史観を持つべきなのです。
 漢字のルーツも、実はそこにあると言えます。
 
 古代の大陸人が自力で作り出したのではない、という可能性があるのです。だから、漢の時代に漢字辞書が編纂された時点で、早くもそのルーツがよく判らなくなっているのです。
 おまけに大陸の王朝は頻繁に断絶しています。漢民族による王朝の継続……ではなく、様々な民族が侵入してきて新たな王朝を打ち立てているのです。
 で、文字こそずっと漢字を使用していますが、王朝が変わる度に読み方が変化しました。
 
 結果、地域によって「漢音」「呉音」といった具合に発音が異なるのみならず、「上古音」「中古音」と言った具合に、時代とともに発音が変化しています。
 ですから実は、
「この漢字は、この時代にこの地域でどう発音されていたのか」
 がほとんど解らない……というのが現実なのです。
 
 魏志倭人伝は、既に述べたように陳寿という優秀な学者が、随分と資料を吟味しつつしっかり記述しています。その成果は、今日においても非常に高く評価されています。
 ですが残念ながら、そこに記述されている地名や人名をどう発音すべきなのか、正確なところはさっぱり判らないのです。「邪馬壹国」という表記自体、なんと読めばいいのか不明なのです。
 
 それが魏志倭人伝謎解きを難しくしています。この件、次章にて詳述したいと思います。