「credit」 実態なき単なる信用力情報が現代経済の基盤 - 後編

政治・経済

PVアクセスランキング にほんブログ村

中編より続きます。
 
 
経済学におけるcreditとは、「信用」と訳されてはいますが、要するに、
「信用力を金額に換算したモノ。実態なき単なる情報」
だと説明しました。
 
では政府財政におけるcreditは、どうでしょうか。

これも基本的には、個人や企業のcreditと同じです。
ですが根本的に異なる点が、2つあります。
 
 
 

死刑宣告人の存在

1つ目。
個人や企業の場合、
「アナタのcreditはゼロだ。破産状態と見做す」
宣告する人がいます。銀行です。
 
一方、政府や自治体の場合、明確な死刑宣告人が存在しません
何故なら政府は自由に国債を発行する権利を有し、買い手が存在する限り借金が可能だからです。
 
その代わり、国内外を問わず、金融関係者を含む世間一般が、
「こりゃもう、政府は財政破綻状態だな……」
というコンセンサスが何となく形勢された時点で破綻です。その後国債の償還等、各種の支出が滞れば破綻確定です。
 
 
 

禁じ手を用いて首の皮一枚

一般市民はともかく、国内外の金融機関や投資家は、各々の査定方法にて各国政府財政をシビアに評価しています。
ですので政府の発行する国債が捌けなくなった時点で、実はcreditゼロだと見做すことが出来ます。彼らはcreditゼロ国の国債に手を出しませんから。
 
日本政府を見て下さい。
海外負債はほとんど無いと言いますが、要するに海外の金融機関や投資家に見向きもされないだけです。
「高リスクなのに儲けがほとんど無いじゃね~か。誰が買うかよ(ワラ」
と。
彼らが既に、日本政府のcreditをゼロ同然と見做している証拠です。特別な事情があって、短期転売を前提とした購入が若干あるに過ぎません。
 
これは国内金融機関も基本的に同じです。
それでもいまだ日本国債が捌けているのは、
「日銀が即座に買い取ってくれるという前提で、形式的に国内金融機関が購入しているから」
です。買取保証付きの短期転売で、銀行が一応購入している……というのが原状です。
 
国家の中央銀行がその国の国債を購入する事は、本来禁じられています。ですが日本は既にそれをやっています。
つまり禁じ手に手を染めざるを得ない程、日本という国は危機に瀕しているのです。もはや正常な取引では国債を捌けないのです。creditはゼロに等しく実質破綻状態イカサマで辛うじてしのいでいるに過ぎません。
 
「日本政府の破綻は有り得ない。もっとバンバン借金出来る」
などと言っている評論家連中、それに騙される政治家や一般市民は、もっと現実を見るべきです。
 
 
 

国民が国家の資産として加算される

それでもどうにか、世間一般において、
「日本政府の財政は破綻していない」
と考えられている理由は何か。――
 
これが、ポイント2つ目です。
つまり個人や企業と、政府のcredit評価における根本的な違いに起因します。
 
例えば企業のcredit査定には、基本的に従業員が考慮されません。
天才的な従業員が何人か在籍していて、彼らの頭脳が将来にわたり物凄い商品を開発し、とんでもない収益を上げる見込みがあるとしても、彼らの存在を当該企業の資産に加えることはありません
 
なぜならば、従業員は企業から離脱するものだから、です。
むしろ優秀な従業員程、他社にヘッドハンティングされがちです。ですので銀行は、彼らの産んだ知的財産のみを資産として査定します。
 
ところが国家政府の場合、国民が国家資産として加味されるのです。
 
もうお解りですよね。
金融機関を中心に、
「日本政府はその放漫財政のせいで、既に破綻状態だ」
と見積もられているのです。
ですが、
「日本国民は、そこそこ優秀で勤勉でクソ真面目で信頼がおける。ほとんど海外に転居することもない。彼らは今後さらに政府負債が膨らもうと、まだ暫くはバカ正直に納税し続けるだろう」
と、日本国民を優良資産と評価し、積極的に日本政府に死刑宣告を行わないだけなのです。
 
日本国民は、日本という国家における優良資産と見做されているからこそ、日本政府は破綻を免れているのです。
つまり私達一般市民が、我が国の財政破綻を首の皮一枚で支えている……というのが原状なのです。
 
 
 

バランスシートも破綻回避の「苦肉の策」

企業のcreditをより客観的に評価するため、バランスシートを利用します。
日本政府もバランスシートを作成すべきだ、という気運が高まり、一昔前から毎年作成されています。
 
実はこのバランスシートもくせ者で、客観的なようで客観的ではありません。幾らでも飾れるのです。企業買収等に関わる方々ならば、よくご存知だと思います。
つまり不良債権でもウリモノにならない資産でも、とにかく計上しておけば、誰かが精査しない限り、
「資産の多い優良企業だ」
と騙されてしまうわけです。
 
要するにバランスシートは、creditを高める手段としても利用出来るわけです。
日本政府がバランスシートを毎年作成するようになったのも、まさにそういう事情に起因します。
 
気付いている方も少なくないですよね。政府バランスシートの、資産を分析してみて下さい。
政府が自由に処分してよい資産など、ほとんどありません。大抵は転売出来なかったり、いわゆる国民からの預り物だったり、ズバリ不良債権だったり……です。
結局、日本政府のバランスシートは見かけ以上によろしくないのです。
 
 
 

日本政府の破綻は当然起こり得る

というわけで、今後世間が、
「日本政府のcreditはゼロだ」
と見做した瞬間、国家財政破綻が起きます。
日本政府だって当然、破綻は有り得るのです。海外負債が無いから~……なんて事情は一切関係ありません。
 
creditゼロになった瞬間、一万円札は紙切れになります。
一万円札はそもそも不換紙幣、ただの紙切れです。それに一万円という価値を持たせているのが、まさにcreditなのです。
何度も繰り返しになりますが、creditには実態がありません。ある日突然ゼロになる事が有り得るのです。一万円札は、実は政府債務――政府の借用証文――ですから、日本政府のcreditがゼロになれば借用証文たる一万円札もただの紙切れと化します
 
だから各国政府は、ただの紙切れに過ぎない紙幣に少しでも信用を持たせようと、偉人の肖像画を刷り込むんですね。
 
私達には、一万円札が紙切れになる事態なんて想像もつきませんが、過去には幾らでもあります。江戸時代、諸藩で流通していた藩札が紙切れになったケースは、歴史を紐解けば幾らでも見つかります。
 
 
 

国家債務を国民の債務とすり替えるな!!

長くなりましたが、最後にひとつだけ。――
 
マスコミが政府負債額を報じるたび、
「国民一人あたりン千万円」
と付け加えますが、あれはとんでもないインチキです。騙されないようにしましょう。
 
よく考えれば解る事ですが、政府の債務と国民の債務は本来全く別モノです。
政府の債務を、本来債権者たる我々国民が、仕方ねえなと尻拭いしてやっている構図なのです。
 
それを政府や官僚が、
「どうせ国民がツケを払うんだから……」
モラルハザードに陥っている。だから放漫財政に歯止めがかからない。
それが日本の原状なのです。信用力ゼロの日本政府は、ある日突然破綻します。