マスコミが問題の核心を突かない理由

2013/01/23

一昨日、新聞やテレビについて、このような文章を書きました。
原発報道についての、マスコミの酷さは、相変わらずですね。
 
既に専門家を呼び、テレビの前で解説させたりしていますが、ひどいものです。
関係各位それぞれで言ってることが違うのに、矛盾を突けない。視聴者がもっとも必要としている情報を、的確に説明できない
 
その時間その時間、取りあえず映像を垂れ流しさえすればOK、といった姿勢に見えます。

新聞もひどいですね。
福島第一原発では、1号機も3号機も炉内の水位不足で、燃料棒が水面から露出していると報じています。
 
その事実がつまり、どういう意味を持つのか。或いは今後どのような事態に至ると想定され、どのような被害が想定されるのか。
また我々は今どうすべきなのか。
何一つ、解説を付与しないのです。
 
マスコミの能力を疑っていたわけですが、もう1つ理由があったようです。
うっかり忘れていました。
 
[原発学者たちの良心を疑う – 純丘曜彰/アゴラ]
http://agora-web.jp/archives/1278935.html
 
電力会社が大口のスポンサー、いわゆるお得意さんなので、うかつに批判もできないということですね。
マスコミにとって、スポンサーマネーが手かせ足かせになっているわけです。
スポンサーの利益を守るため、真実を報道するとか、一般市民の利益を考慮するといった、マスコミとして当然の役割を放棄してしまっているようです。
 
古来の日本人の強さというのは、主に、民族としての能力の高さ、勤勉さにあると言われています。
が、能力なんて他と比べ、多少の差でしかないと思うんですよね。
勤勉というのも、一種のプロパガンダだと思っています。古来の日本人が特に勤勉だった、という証拠はどこにもありません。
 
強さの根底にあったのは、強烈なプライドやポリシーではないか、と私は考えます。
ポリシーは、モラルと読み替えて頂いても構いません。
敗戦、戦後復興に伴い、日本人はそれら強さの源を失っています。
 
困難に直面している今、そこに大きな危惧を抱きます。マスコミがまさにそれだと感じました。