自らの存在価値らしきものを悟った気がする - 前編

2013/04/16

泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず

 
幕末、米国海軍ペリー提督率いる4隻の蒸気船に日本中が仰天したのだそうです。
鎖国のため海外情勢がさっぱりわからなかったが、実は帝国主義のまっただ中にあって脅威に満ちている、日本は西洋列強に遅れを取り、いつ国土を蹂躙され植民地支配されるかわからない、大急ぎで富国強兵に励むべきだ、と。
 
日本人は4隻の蒸気船に一発で目を覚まし、そう痛感しました。
それを如実に表したのが、前出の狂歌です。
狂歌に象徴される危機意識、目的意識が大いなる原動力となり、明治維新という大変革を成し得ました。
 
・・・・と、幸田はずっと思っていました。
歴史マニアだった幸田は、この狂歌を小学校4年の時に覚えました。以来ずっと「日本人が目覚めた歌」だと理解していました(^^;
 
実情はどうやらちょっと違うようですね。よくよく歴史を眺めると、単なる幸田の勘違いだと気付きます。
 
大多数の日本人は単に、蒸気船にびっくりしたに過ぎないようです(笑)
その背後に存在する脅威だとか、脅威を排除するために大いなる自助努力が必要だ、といった意識を持ったのは、実はほんの一握りの知識人だけのようです。
 
例えば司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読むと、住谷寅之介という水戸藩士が登場します。遊説のため、土佐藩を訪れます。
住谷には大いなる目的があるわけです。土佐藩の若手と語り合い、新しい時代をどう切り拓くか大いに議論したいわけです。
 
ところが当時の、坂本龍馬をはじめとする土佐藩の若手はパッパラパー(笑)で、
「よく知らんけどなんかエラい人が来た!!」
とばかり、飲めや歌えの大宴会を開いて住谷を歓待します。住谷は「単なる時間のムダだった・・・・」と半ベソかきながら土佐をあとにします。
 
つまり土佐の若手は、前述のような危機意識や目的意識を持ちあわせておらず、ましてや住谷寅之介の来訪目的など理解できなかった、というシーンです。
 
その後、今度はひとかどの志士となった龍馬が、讃州丸亀で道場破りをするシーンがあります。
若手リーダー格の師範代までことごとく叩きのめした後、夜にその師範代を宿に呼び天下国家の大事を説きます。彼は龍馬の話にショックを受け、いざとなれば命を投げ出して協力すると龍馬に約束します。
 
「竜馬がゆく」は小説に過ぎませんが、このように多くの日本人は、列強に侵略されるかもしれないという危機意識や、自らの手で大至急なんとかしなければいけないという目的意識など、ほとんど持ち合わせていなかったことがうかがえます。

後編に続きます。