01. 生存を賭けて金持ちを目指す

2013/01/28「生き方」についてもう一度考える

生存を賭けた意思的行為

少し前まで、金持ちを目指すといえば「欲に基づく願望」でした。
あるいは優秀な人たちの「野望」だった、というべきかもしれません。
 
しかし、今や完全に、
生存を賭けた意思的行為
と言えるのではないか、とこの稿の筆者は考えます。
 
理由は簡単です。この日本という国は、もはやありとあらゆる箇所が制度疲労を起こし、崩壊するのは時間の問題だと思われるからです。

政官財全部ダメ

ここで詳しく述べる余裕はありませんが、まず政府が腐り切っています。
驚くべきことに、最後の砦ともいうべき司法までもが、相当にアヤシいですね。小沢陸山会問題で、その実態が次第に明らかになってきています。
地方自治体もことごとく、青息吐息です。
 
そして言うまでもありませんが、経済界も相当に厳しい状況です。
日本経済の象徴とも言える大企業が、ことごとく腐っています。
もう10年ばかし前から、「ゾンビ企業」などと呼ばれている企業もあります。政府や自治体の案件に依存し、かろうじて生き延びています。既得権限にしがみつき、なんとか生きながらえています。
 
そして最近の話題だと、比較的競争力を維持していたと思われるP社が大赤字を抱え、社運を賭けた大改革に着手するようです。
 
まだP社は希望があります。体力が残っている間に、思い切った大手術に踏み切れるのですから。
 
問題は、同時に話題にのぼったS社の方です。こちらは台湾の企業の支援が決まり、どうにか立っている状況です。しかしなんとも胡散臭い増資話が出てきたり、ホントに大丈夫なのでしょうか。食いモノにされた挙句、ポイ、という懸念を拭えません。
 

危機意識の欠如

事ここに至った原因は、おそらく日本人ひとりひとりにあると思います。
ぼ~っとしていても食うに困らない。平和ボケ。危機意識の欠如・・・・。
あらゆる組織に属するひとりひとりが、当事者として「なんとかしなければ」という意識を欠いています。
勿論たまにそうでない人もいますが、大抵は愚痴レベルで終わってしまい、状況改善には到りません。で、日本中のありとあらゆる箇所が、腐り始めているのです。
 
ですから、まずは危機意識を持つところからスタートすべきでしょうね。
政府や自治体、世界的な大企業でも、ある日突然死します。最近ではそれこそリーマン・ブラザーズがそうでした。
「うちは大きいから、まさかつぶれる事はないだろう」
などとのんびり構えているのは大間違いです。問題や矛盾の解決は、大きな組織ほど難しい場合もあり、ひとたび限界を超えればまるで象が地面に崩れ落ちるように、地響きを立てて倒れます。
 
少し先の日本を考えると、年金や医療、失業給付といった社会保障制度はことごとく崩壊しているでしょう。
それ以前に、政府や自治体が持続可能かどうか、極めて怪しいですね。
経済界も同様です。アナタを食べさせてくれる企業が存在するのでしょうか。