ジッグラットとやらのイカサマを暴く

歴史ってすっげ~面白い


 

復元という名の「完全捏造」

相変わらず長くなってしまったので(^^;、結論を書く。
 
このジッグラット「エ・テメン・ニグル」とやらは、ほぼ、基礎部分だけしか残っていなかった筈なのだ。
だから砂に埋れていた、というわけ。
 
発掘作業は本来、ものすごく時間がかかる。たった12年でこれだけの大きな建造物を発掘するなど、不可能である。
つまり基礎部分だけを再発見し、12年で発掘して上部をほぼ完全に「造った」のだ。
 
だからレンガもほぼキレイで修復痕も目立たないし、デザインセンスも現代的に見えるのである。
Wikipediaの「保存状態が良い」だとか「一部を再構築」だとかいった記述は、ウソ。
 

 
おそらくこの写真の、最下部の黒く見える部分だけしか残っていなかったのではないか、と想像する。
ある種の思惑によって、どこぞの某K国の遺跡みたいに「復元」と称して完全捏造しているのだろう。
 
 

発掘記録も写真も見当たらない

Wikipediaの記述によれば、このエ・テメン・ニグルは、
「ウル第三王朝の紀元前21世紀頃、ウル・ナンム王が建造したが、時代を経て崩壊。それを新バビロニア時代の紀元前6世紀、ナボニドゥス王が再建」
だそうだ。
が、どうやって、こいつをそれと特定したのか。
 
そして、この建造物のデザインを、いかにして知ったのか。
古い図面なり絵なりが存在するのか。……
 
その辺を詳しく知りたいのだが、驚くべき事に発掘調査記録も、復元記録も見当たらないのである。
20世紀だから既にカメラだってある筈なのに、写真も見当たらない。
発掘前の状態も、発掘作業中の状況も一切不明なのだ。
 
いや、探したのは勿論ネット上だけの話だが、これだけ世界的に有名な遺跡なのだから、ネット上にも報告書や写真がアップされていてしかるべきだろう。Wikipediaにだって当然、出典リンクが張られていそうなものである。
しかし幸田が探した限りでは、何も見当たらなかった。写真1枚見つからなかった。
 
これはどういう事か。――
 
 

考古学とは「捏造」の学問!?

というわけで、どうやら中東の遺跡の数々は、随分と捏造されているらしい。
それこそまさに、聖書の地である。だからこそ、ある種の人々が大金を費やしてまで、大規模に歴史捏造を行っているのではないか!?
上部は全て、バベルの塔の有名な想像画をベースにでっち上げたのだろう。
 

 
改めてざっと調べてみると、どうやらイギリスのストーンヘンジ復元も、極めて怪しい。
元々あの場所にあったのかどうかさえ、疑わしいというのだ。重機を使って大々的に捏造されたように見える。
 
エジプトの神殿なども、どうも怪しいらしい。
過去に、ユニークな発想で知られるはやし浩司氏が自身の動画で、
「ラムセス二世の彫像が、完璧、精密な左右対称だ。コンピューター制御の研磨加工機で造られているのではないか」
と指摘されているのを視たことがあるが、今回海外の人々が、
「劣化破損した石の構造物中に、鉄筋が見える」
と指摘しているのを視た。あれらも盛大な捏造なのかもしれない。
 
これまた拙著にも書いたが、そもそも西洋人の「文明」の定義がイカサマ臭いのだ。
即ちその要件に、
「monumental architecture(記念碑的な建築物)」
というものがある。
 
そういう固定観念のもと、あちこちに壮大な建造物を捏造しまくっていたのではないか!?
 
 

その一方で別の疑問も……

その他、色々と気になる点が幾つかある。
 
エジプトの大ピラミッドは、本当に切り出した石を運搬し積み上げて作られたのか?
南米クスコやオリャンタイタンボの石組みも、本当に自然石を切り出して運搬し、組み上げられたものなのか?
 
こちらは、前述とは逆の意味で興味深い。
 
古代には、我々の想像を超えるハイテクが存在したのではないか。
大ピラミッドや南米古代文明の石組みは、自然石を切り出して組んだのではなく、石そのものを作ったのではないのか。
現代の考古学者達は、それを隠蔽していないか!?
 


 
多くの写真を仔細に眺めると、そのような疑問が湧く。
今後、日本の歴史のみならず、世界の遺跡についても色々と書いてみたい。
 
そうそう。
余談だが、中学時代の幸田少年は、世界史の授業で「日干しレンガ」と聞いて、やはり「ん!?」と首を捻った事を思い出した。
 
中東の幾つかの遺跡の、建造物写真を見ていたので、
「日干しレンガって、そんなに頑丈なの? これだけ現代に残る程、耐久性があるのか?」
と不思議に思ったのである。
あの直感はやはり正しかった。田舎の貧素な教育環境ゆえ、そういった才能を活かし得なかったのが悔やまれる。