「卑怯を嫌う心、潔さ」の精神を回復しよう

2015/08/18


 
当ブログではこれまで何度か、
「この数十年の日本というのは、復興したのではなくじわじわと侵食、破壊された」
ということを述べています。
幸田の歴史観では、戦後日本をそのように捉えています。
 
一体何が破壊されたのか。失われたものは何か。どうすれば日本を再建できるのか。
それを考えていくことが、当ブログの主たるテーマです。

藤原正彦氏の視点、思考に大いに共感します。幸田と全くと言って良いほど考えが一致し、驚いています。
氏の著作を読むと、戦後日本は一体何を失ったのか、具体的に分かります。
 
最近感じるのは、
「戦後日本人は『卑怯を嫌う心、潔さ』を失ったのが、最も致命的な損失なのではないか」
ということです。
 
極めてシンプルながらも、これこそが日本人を日本人たらしめる精神だったのではいか、と幸田は考えます。
宗教への依存度が低い日本人だからこそ、これを失うことによる打撃が大きかった、とも言えるのではないでしょうか。
 
そして、まずはこれだけでも回復できれば、日本再建への大きな一歩を踏み出せると思います。
 
ガキの頃にさんざん読んだ、「竜馬がゆく」(司馬遼太郎著)を思い出します。
 
土佐に「まんじゅう屋長次郎」という男がいました。
聡明で向学心が強く、その才を認められて土佐藩の役人に抜擢されます。後に坂本龍馬の亀山社中設立に参加し、海援隊において商談や事務処理に腕をふるいます。
これがやがて薩長同盟成立の下地作りに繋がり、功績を認められトーマス・グラバーより英国留学のお膳立てをしてもらえることになります。
 
図らずしもそれが、
「長次郎一人で、手柄を独占した」
と受け取られ、海援隊の仲間達から糾弾されます。長次郎はその夜、自ら腹を切って命を絶つのです。
 
彼には弁明の余地もありました。仲間を捨て、そのまま予定通り英国留学という形で逃げることも可能でした。しかし彼は、潔く自らの死を以って汚名を注ぐ、という道を選びました。
 
幸田は子供ながらに、男とはどうあるべきかを考えさせられたものです。
 
ポイントは、
「常に潔くあること。卑怯なことはしない」
という精神です。誰もがそういう精神を持っていれば、自然と他人の卑怯な振る舞いにも厳しい目が注がれ、ポジティブに世の中のことが回るし自浄作用も働きます。
 
「卑怯を嫌う心、潔さ」という視点でこの社会を眺めると、見えてくるものがありませんか?
 
卑怯なことはしない。卑怯なヤツを許さない。潔い人間を支持する。
それだけで、この国はもう一度前へ進み始めることができるのではないか、と幸田は考えます。