トンデモ論「聖徳太子は実在しなかった」にダマされるな!!

2017/03/12

近年、
「聖徳太子は実在しなかった」
などといった、たわけた説が出回っています。
 
文科省の次期学習指導要領改定案によると、
「聖徳太子というのは死後の諡(おくりな)であり、教科書に掲載する名前として相応しくない」
という話になっているのだとか。
 
ヴァカかアホかと(^^;

死後の諡が通用している歴史上の人物は、他にも山ほど存在します。
そもそも昭和天皇だとか大正天皇といった諡号だって、崩御の後に贈られるものです。歴代天皇の諡号は、教科書に載っていませんか? ちゃんと載っていますよね!?
 
つまり、実にバカげた学者の屁理屈に過ぎません。
文科省は、アカデミズムの口車に乗せられているわけですよ。
 
アカデミズムはそこまでして、日本の古代史を少しでも毀損したいわけです。
で、あんぽんたん文科省を動かして、聖徳太子の名を抹消しようというわけです。
 
歴史学は、人文科学です。科学を名乗っています。
 
聖徳太子に関しては、多くの業績が様々な形で伝えられています。法隆寺や四天王寺等、ゆかりのお寺が数々残っており、ゆかりの品々も数々存在します。
これまで千年以上にわたり、日本人誰一人としてその実在を疑うことのなかった人物です。日本の誇る、偉人の筆頭です。
 
科学を名乗る歴史学において、それを否定するというのであれば、聖徳太子実在の根拠となる事物を1つ1つ全て、
「聖徳太子とは何の関係もない。だから聖徳太子実在を根拠付けるものではない」
と証明していく必要があります。
 
1つでも証明不能な要因が残れば、
「実在を否定できない」
という結論となります。それが科学的なメソッドというものです。
 
アカデミズムは、それをやっていますか?
全然やっていませんよね。
「文献学的に見て、なんとなく胡散臭い。かなり盛ってある(笑)っぽい。だから架空の人物だ」
と、印象だけで否定しているに過ぎないのです。
そんなやり方は、科学ではありません。学者としてあるまじき手法です。トンデモ論に過ぎません。
 
私達はそれを理解し、アカデミズムにダマされないようにしましょう。
 
聖徳太子像は、確かに多少の誇張がなされていると思います。
しかし逆に言えば、それだけ多くの尊敬を集める素晴らしい人だった、と理解すべきでしょう。
出自も明らかで、実在はほぼ揺るがない、というのが真っ当な科学的見解の筈です。アカデミズムの主張は、「科学を無視した苦しい屁理屈」に過ぎません。陰謀の類いですよ(苦笑)
 
当ブログで何度か申し上げていますが、アカデミズムは日本の「長く栄えある歴史」を少しでも毀損したい、という思惑があるのです。それが悲しき実情なのです。

  • 皇室と共に歩んできた日本の長い歴史は、実はショボかった。
  • 初期天皇家は作られた「神話」に過ぎない。実在しない。
  • 古墳時代は未開の土人国に過ぎない。高度な文化や技術など存在しない。
  • 渡来人により高度な文化や技術が伝わり、ようやく飛鳥、奈良時代あたりになって国家と呼べるようなものが誕生した。

というインチキ歴史観を捏造したいわけです。
近年出回っている「聖徳太子は実在しなかった」論はまさに、その一環だと思われます。