8時間労働は奴隷の労働時間の「上限」

日本人の労働時間は、1日あたり8時間というのがひとつの基準となっています。
長いですね(^^;
 
多くの会社は昼食時間帯に、1時間の休憩が与えられます。
サービス業など、その時間帯に従業員全員が一斉に休憩を取れない業種であれば、めいめい時間をずらして1時間の休憩を取ります。
なので、プラス1時間。8時間労働と言いながら、拘束時間は実質9時間です。
 
 
 

8時間労働なのに9時間拘束!?

生身の人間ですから、機械のように8時間連続稼動は困難です。ですから「労働時間中に休憩を取る権利」を与えられているわけです。
しかし本来、休憩を取る権利だけが与えられているのでしょうか。

「8時間労働と言いながら、実際は9時間拘束されている。しかしながら労働対価は8時間分
というのは、適切なのでしょうか。
休憩も労働の一環と見做すべきではないのでしょうか。
休憩時間を含め8時間か、もしくは9時間拘束される代わりに9時間分の対価を要求してしかるべきではないでしょうか。
 
労働基準法を見ると、

第三十四条
使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

と書かれています。
労働時間に休憩時間を含むか否か、どちらとも受け取れる曖昧な表現です。
ですが経営者が雇用者(労働者)に対し、9時間拘束を要求するのであれば、雇用者側は経営者に対し9時間分の対価を請求する権利ある、と思います。
 
 
 

8時間労働は奴隷階級の「上限」

そもそも何故日本では、正規雇用だと8時間労働が基準となっているのでしょうか。8時間の根拠はどこにあるのでしょうか。
非常に気になったので、調べてみました。
 
なんと、西洋社会において奴隷階級の人々が一般市民同様の人権を獲得する過程で、
「長時間労働はダメだ。もっと労働時間を短縮してくれ」
と要求し続け、その結果8時間という「上限」が権利として認められた、という歴史があるようです。
 
その8時間という「上限」を、日本では何の疑いもなく一般労働者の「基準」と定めているわけです。
8時間労働を標準と認識しているわけです。
私達一般市民は、奴隷ですか?
違いますよね。ハナっから主権者たる一般市民ですよね。
 
 
 

奴隷以下の待遇 & 税金まで払わされる現代日本人

つまり現代日本の一般市民は、どういうわけか奴隷階級の労働条件を「基準」として雇用契約を結んでいる、と言えるわけです。
それどころか、1時間の休憩すら満足に取れないだとか、残業が当たり前の状況だとか、ましてや残業手当ゼロを強いられている状況というのは、奴隷以下の待遇(失礼)だと言わざるを得ないのです。
 
しかも今日のワーキングプア層は、1日8時間フルに働いても生活に困窮しています。
これは、衣食住を保証され、そのくせ労働意欲が低くダラダラ働いていた奴隷以下(重ね重ね失礼)の状況であることは間違いありません。
政府はワーキングプア層へのケアに消極的(なかなか最低賃金が上がらない)な上に、彼らからさも当然のように税金を徴収します。
 
私達はこの状況を「おかしい」「何かが間違っている」と認識すべきだ、と幸田は考えます。
 
 
 

江戸時代の労働環境は「ゆるゆる」

学校の歴史教育において、私達は、
「江戸時代は、いわば暗黒の時代だ」
と習います。
 
「慶安の御触書」を教え、「農民は生かさず殺さず」というウソ解釈(実は「ガッツリ搾り取れ」という意味ではない)を教え、結果、
「農民は陽の昇る前から田畑に通い、陽の落ちる寸前まで農作業に励み、さらに遅くまで夜なべしていた」
と働き詰めの生活を強いられていた・・・・昔の日本人は勤勉だった、と刷り込みます
 
大ウソです(笑)
昔の農民は朝の涼しいうちに作業し、陽が昇り暑くなると木陰で長時間ダベり、夕方少し涼しくなってきたら残りの作業をちょちょっと済ませるだけ。夜なべだって、灯りの油代が勿体ないので長時間はやれません。
かつ、長い農閑期もあります。
 
江戸時代において、おそらく一番労働負担が大きかったのは、彼ら小作農です。また彼らに並ぶのが、網子(雇われ漁師)や商家の丁稚、手代等しょう。
しかしそのいずれにせよ、今日の日本人よりはずっとゆるゆるの(笑)生活だったのです。
その上、彼らは基本的に無税でした。