改めて魏志倭人伝を読み解く ー 有象無象の珍説奇説を木っ端微塵に蹴散らす

第一章、謎解きを始める前に

1-3, 漢字の読みが判らない

 漢字とは、古代の大陸にて考案された、と言われています。
 その原型は黄河文明の頃から存在(学校では甲骨文字について教わりました)し、紀元前2,500年頃の蒼頡そうけつという人物が、改めて漢字として創り上げたそうです。
 それを秦の始皇帝が、国家の公用文字として採用します。それが即ち「漢字」の由来だと言われています。
 
 ところが不思議な事に、その漢字発明者「蒼頡」の石碑(蒼頡廟碑。陜西省白水県蒼頡廟)に刻まれた文字が、実は漢字ではありません。不思議なことに、誰も読めないのだとか。
 また、漢の時代に入ると漢字辞書が編纂されますが、その時点で早くも、それぞれの文字の由来が判らなくなっているのです。これはどういう事でしょうか。

2020/03/21改めて魏志倭人伝を読み解く ー 有象無象の珍説奇説を木っ端微塵に蹴散らす

第一章、謎解きを始める前に

1-2, 魏志倭人伝とは

 前節において述べたように、魏志倭人伝とは「三国志」と呼ばれる一連の歴史書の一節です。
 著者は陳寿。非常にレベルの高い歴史書編纂者と評価されてます。
 彼が編纂した「三国志」のうち、魏の歴史を記した「魏書」に、周辺諸国の事情を詳述した巻があります。そのうちの一つが、第30巻「烏桓鮮卑うがんせんぴ東夷とうい伝」です。
 
 さらにそのうちの一節が、「倭人伝」です。通称「魏志倭人伝」と呼称されます。
 文字数にして2,000字弱。
「たったそれだけかよ」
 と思われるかもしれませんが、漢文の2,000字弱ですから結構な情報量だと言えます。

改めて魏志倭人伝を読み解く ー 有象無象の珍説奇説を木っ端微塵に蹴散らす

第一章、謎解きを始める前に

1-1, なぜ、謎なのか

 我が国の古い歴史書と言えば、皆さんも学校で教わった通り「古事記」と「日本書紀」です。
 ただし、実はもっと古い歴史書も存在します。古史古伝と呼ばれる複数の古文書です。
 
 日本書紀を読むと、それら複数の古文書を参考にしつつ編纂された事が解ります。
「一書に曰く……」
 として、
「ある古文書にはこのように書かれている。またある古文書にはこのように……」
 という具合に、多数の古文書を並べつつ、1つの歴史的事実を複数の記述からピックアップして、より客観的より正確に記そうと努力した痕跡が見てとれます。ですから古事記や日本書紀が日本最古の歴史書ではない、という事実が明白なのです。
 
 但しそれらの古文書は天武天皇以降、朝廷が度々お触れを出し没収、抹殺されてしまいました。