あけましておめでとうございます - 奈良平安は「乱世」
2019年もよろしくお願い致しますm(_ _)m
あちこちに様々な文を好き勝手書き散らしつつ、増々舌鋒鋭くこの社会を斬りまくるつもりです。毒を吐きまくります(笑)
昨年11月より、新たにへぼ小説の連載を開始しています。主人公は幸田のご先祖様です。
【小説を読もう】
“転生無双!! チン説弓張月 ―― 1192つくろう、ナニ幕府!?”
書きながら、気付いたことがあります。
奈良平安ってのは、学校の教科書イメージでは「貴族政治による比較的平穏な時代」って感じですよね。
多少の政変や地方豪族の反乱はあれど、大陸文化の影響を受けつつ独自の文化、芸術、学問が花開いた穏やかな時代……と。
実は、それって大間違いなんですよ。
歴史の授業で「荘園」という言葉を教わりましたよね。
あの「荘園」ってものが誕生した途端、乱世に突入してるんです。
敢えて乱世であることを覆い隠す
奈良平安は、決して穏やかな時代ではありません。平安末期になって漸く世が乱れてきた……わけではないんです。
7世紀より、日本は「公地公民」の社会体制でした。荘園とは、それを実力で奪う者が現れ、公地公民の原則が崩壊した証拠なのです。乱世に突入していた証なのです。
なぜ、それを覆い隠すのか。……
つまりこの時代ってのはまさに、今日肯定されている「実力主義/能力主義」の時代なんです。
「実力主義/能力主義」を肯定すると、実は世が乱れるんです。
これこそまさに、「歴史の法則」なんですよ。
歴史の法則
証拠に戦国時代を見て下さい。
徹底的「実力主義/能力主義」の時代です。歴史の法則通り、言わずと知れた大変な乱世でした。
なぜ、実力主義能力主義だと世が乱れるのか。なぜ、歴史の法則なのか。
理由は簡単です。その原動力が、
「私利私欲の追求だから」
です。
多くの人が豊かで平和な社会を築こうと思えば、
「社会を構成する人々が、私利私欲をなるべく抑え、他者との利害調整、協調を図るべきである」
と心得るべきだということは、小学生でも解かる理屈です。
「実力主義/能力主義」はその真逆、他人の利益を無視して私利私欲を追求することを肯定するのですから、
「多くの人が豊かで平和な社会」
を構築できる筈がないんです。
「実力主義/能力主義」は未熟な社会思想
今日の日本社会は、能力主義を是としています。実力主義を肯定しています。
これは社会思想のレベルとして、極めて未熟なんです。歴史の法則に反しているわけですから。
「オレは能力/実力があるんだから、他人より多くの利益を得られてしかるべき」
という発想が、根本的におかしいわけです。
私利私欲の徹底追求を肯定すれば、奪う者と奪われる者が入り乱れ、世が乱れるのは当然の結果ですよね。
実は、日本人は奈良平安期より、
「能力ある人間はその分、野心も強い。彼らを重用するのはリスクがある」
と知っていました。
そこで試行錯誤を重ねた挙げ句、
「ベースは世襲制としつつ、必要とあらば適宜、能力ある人材を抜擢する」
というシステムが一番合理的であることを悟りました。
これこそが日本の、歴史の法則に学んだ社会思想なのです。
ただし奈良平安期に関して言えば、世襲貴族に至るまで私利私欲を追求しており、それに歯止めをかけられませんでした。だから世が乱れました。
高度な社会思想を獲得しつつも、それを実現するに至らなかったのです。
徳川家康は賢かった
それを熟知していたのが、徳川家康でした。
彼は戦国乱世を終焉させ、平穏な社会を築こうとした際、おそらく様々な賢人からそれを学んだのでしょう。
で、古来の社会思想に従い、前述のような社会システムを構築します。
徳川時代というのは、だからこそ260年も持続したわけです。
現代社会は「それ」に学んでいない
幕末、西洋の鬼畜に等しい「実力主義/能力主義」が日本列島に襲来します。日本人はそれに晒されました。
さらには大東亜戦争(注:太平洋戦争という表現はある種のインチキ)に敗北し、完全に西洋型実力主義/能力主義を受容せざるを得なくなります。
繰り返しますが、西洋型の「実力主義/能力主義」もまた、社会思想レベルとしては極めて未熟なのです。
日本人は不幸にして、その未熟な社会思想を受け入れてしまっているわけです。未熟なレベルに逆戻りしてしまっているのです。
今日の日本のステークホルダー、為政者はそれを覆い隠しています。アカデミズムや教育界も、その片棒を担いでいます。
だからこそ、奈良平安期が乱世であることを教えないのだと幸田は推測します。
歴史に学ぶべし!!
戦国時代が悪しき時代であったことは、誤魔化しようがありません。まごうことなき乱世ですから。
しかし奈良平安期に関しては、人々が無知なのを良いことに歴史観を歪めています。
また、一方で江戸時代が極めて合理的社会だったことを教えません。学者は色々とケチをつけてディスっています。
我々は真っ当な歴史を学んでいないのです。
今こそ歴史に学ぶべきなんです。
それを学べば、戦後の日本社会がいかにくだらないか、インチキまみれであるかを知ることが出来るのです。
私達は今、それを積極的に学び、日本社会を改革していくべきだと幸田は強く感じます。
幸田は様々な執筆活動を通じ、今年もそれを明らかにしていきたいと思います。
改めまして、今年もよろしくお願い致します。
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