世に棲む日日(司馬遼太郎著)


 
世に棲む日日」(司馬遼太郎著)を読み終わりました。
 
司馬遼太郎氏の目ぼしい作品は小学校~大学時代に大概読んだのですが、これは読んでいなかったので長年気になっていたのです。
社会人になるとなかなか小説を読む時間が取れず、ふと気付けば20年を経過していました。
 
読みながら、つくづく感じました。
「これは日本人全員が、今読むべき本ではないか」
と。・・・・

舞台は、吉田松陰を取り巻く幕末の長州藩。そしてその志を受け継いだ、高杉晋作とその周囲の面々。
 
筆者司馬氏は長州人のタイプを、度々、
「怜悧」
と表現します。
吉田松陰もまさにその典型だったように感じます。
藩の軍学者の家に生まれ、幼くして家督を継ぎます。厳しい教育環境に育ち、幼少期より既に、しばしば藩侯の前で講義を行います。また長じてからは、諸国を旅しつつ様々な私塾の門を叩きます。
 
そんな松陰は、いや当時の優秀な連中は、
「何のために学問するのか」
と考えるわけです。ここが今日の私達と大きく異なる点です。即ち、
「男子とは、何事かを為すために在る。何事かを為すためにこそ、学問するのだ」
といった思考に至ります。
 
折しもペリー来航の時代。
帝国主義時代を背景とする、米国の軍事的恫喝(ペリー来航)。これに怯えた徳川幕府の弱腰外交に、日本中の武士が憤慨します。
このままでは日本が滅ぶ、何とかしなければならない、という気運が一気に高まります。
 
そこで松陰は考えます。自らの学問を、
「今後日本はどうあるべきか」
という戦略の立案、提示に捧げるべきだ、と。
いやそれだけでは不十分である、「狂気」というコンセプトにて自身がそれを天下に示し、後に続く人間を輩出すべきである、と。・・・・
 
怜悧な長州人の典型であった筈の、学者松陰が、自ら狂気を示し非業の死を遂げます。しかし多くの人間が彼の狂気と死によって目覚め、次々と彼の後に続きます。
その1人が、高杉晋作です。彼は何度も狂ったように暴走と逃走を繰り返しますが、その都度時代の要請をうけ前線に舞い戻ります。そして僅か27歳8ヶ月の生を完全燃焼し、病に倒れます。
 
そこに何ら計算、成算はありません。何とか時代を変えなければならない、という強烈な志を持つ人間が大量に現れ、まるで死を顧みず次々と暴走を繰り返す。その屍の山の向こうに新しい時代が到来します。
これこそが歴史なのだ、という認識を改めて感じさせられます。
 
翻って今日の日本を考えると、何故当時とこんなに状況が異なるのか・・・・と考えさせられます。
 
日本も現在確実に、国家存亡の危機的状況にあります。
人口増と熾烈な経済戦争の真っ只中にある世界情勢。そんな中にあって、日本政府は実質破綻状態。日本社会は崩壊寸前。
大半の日本人は最低でも12年、多くはそれ以上の高等教育を受けていながら、何故かそれに気付かない。考える力がない。今すぐ何とかしよう、という志を抱かない。自ら立つべきだ、という強烈なモチベーションを持つに至らない。
 
これは何故なのでしょうか。幕末と今日の違いは、何から生じるのでしょうか。
そのヒントが「世に棲む日日」にある、と幸田は感じました。
 
残念ながら、合理的平和的話し合いだけでは歴史は動きません。時には強烈な「想い」と屍の山が、時代を前進させます。これは「歴史の法則」です。
幕末の日本人は歴史を物凄く勉強していました。そして徹底的に思考していました。だからこそこの「歴史の法則」を、学問から得ていました。かつそれを「実践」しました。
 
今日の日本には、高杉晋作が必要なのです。
いや晋作だけではありません。木戸孝允も井上馨も、西郷も大久保も、坂本龍馬も中岡慎太郎も・・・・その他大勢の志士たちも必要です。
そして彼らを狂わしめた、吉田松陰が必要なのです。
いや松陰だけではありません。佐久間象山も橋本左内も、島津斉彬も横井小楠も勝海舟も必要です。
 
そういう有名無名の人々が湧出して、はじめて時代が変わるのです。歴史が動くのです。
 
そのためには何をすべきなのか。自分に何が出来るのか。・・・・
久々に、熱く考えさせられる1冊でした。