謎のレイライン in 宮崎

先日、こんな記事を書きました。
 

【幸田蒼之助の休日】 2018/04/01
“知られざる「日本のピラミッド」が織りなす三角形”

http://offtime.sohnosuke.com/archives/12455

 
その後、ふと、
「このラインの延長線上には何がある?」
と気になり、母智丘より先まで線を伸ばしてみました。

何となんと、宮崎神宮本殿上に到達しました(滝汗)
 
桜島 to 宮崎神宮
桜島側の起点は判然としません。何しろ昔からの度重なる噴火により、山体の形が変化しているでしょうから。
一応、中岳と北岳の中間付近を起点と定め、線を伸ばします。
すると、母智丘神社拝殿裏、つまり御神体たる磐座を越え、宮崎神宮本殿に到達するんですよ。
 
しかもその途中、生目神社の参道入り口付近を経由します(!!)
 
なお、幸田説によれば(笑)、生目は卑弥呼邪馬台国本拠地です。
生目神社は非常に古く、垂仁天皇或いは景行天皇の謂れがあります。
 
垂仁天皇は二倍年暦で計算し直すと、まさに卑弥呼の時代の方。諱号は「いくめいりびこ」で、魏志倭人伝に記述されている邪馬台国長官「伊支馬(いきめ)」(=卑弥呼の弟?)の可能性を想起させられます。
また景行天皇は熊襲征伐を行った方で、宮崎市内にも幾つか伝承が残っています。
 
縄文もしくはそれ以前から存在する謎の(母智丘)磐座、卑弥呼邪馬台国に因むかもしれない古い(生目)神社、そして神武様(宮崎神宮)を結ぶレイライン。……
偶然出来たライン、とは思えません。かといってどのように測量し位置を決めたのか。
非常に興味深いです。
 
なお、以前こんな記事も書きました。
 

【幸田蒼之助の休日】 2018/02/02
“宮崎神宮の参道はなぜ、真南よりわずかに東向きなのか”

http://offtime.sohnosuke.com/archives/12393

 
鵜戸神宮を起点に宮崎神宮へ伸ばしたラインの延長線上はどうなってるか……と調べてみたところ、西都原古墳群を経由し、県北高千穂に到達しました(!!)
鵜戸神宮本殿付近(岩窟の中なので航空写真では位置不明。幸田のカン)を起点に線を伸ばすと、宮崎神宮敷地内(本殿脇数十m)を通過し、西都原古墳群入り口を通り、高千穂神社入り口に至るレイラインが見えてくるのです。
 
このラインもまた、非常に興味深いです。
宮崎の古代史は、まだまだ何も解っていません。本格的に様々な調査を行って欲しいものです。