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卑しいビジネスはもうコリゴリだ!! 「モラル無き亡国の経済自由主義」

取引とは、互いに信義に基づき、互いにwin-winの関係を築くこと……を目指すべきである。
商売も勿論、取引の一種であり、まさにそれを旨とすべきである。
 
顧客や消費者を欺いたり、将来を鑑みずリソースを浪費しまくったり環境を破壊しまくる……といった事は許されない。これは本来、商売の大原則であってしかるべきである。
 
江戸時代。――
士農工商という言葉があるように、商人は格下として扱われた。これは、商人達が儲けに徹するあまり、ともすればモラルを失念してしまうからである。
たとえ蔵を何棟も持つような豪商といえど、モラルの低い者は「卑しい」と評された。現代の企業経営者も、その意味を改めて見直すべきではないか。……

 
 

気づかないアナタが悪いんですよ

先日、某大手メーカー製の洗濯用液体洗剤を購入した。
以前は内容量1kgだった。それが少し前、パッケージはそのままで、内容量900gと1割減らされていた。
で、今回はそれがさらに810gと、さらに1割減らされていた。
ちなみにパッケージは以前の、1kgの時と同じままである。
 
幸田は内容量表記を確認し、810gしか入っていないことを知った上で、舌打ちしつつ購入した。
メーカー側はあきらかに、消費者を欺こうという意思を持っている。内容量減に気づかないまま購入する消費者が多いに違いない。
 
「内容量を少し減らしましたので、ご了承下さい」
と、消費者に対し注意を喚起する気などさらさら無く(だからパッケージを変更しない)、後からそれに気づき苦情を申し立てる消費者がいたとしても、
「ちゃんと810gと表記しているじゃないですか。気づかないアナタが悪いんですよ」
と嘯くわけである。
 
生き馬の目を抜くようなビジネス環境であり、違法でさえなければ、消費者を欺くことも善しとされる。
そこに両者win-winの関係は存在しない。
江戸時代の人々が「卑しい」とした商売人の典型例が、そこに在る。
 
 
 

ウザくて不満なら金払え

最近、某動画サイトYの広告表示量が一気に増えた。
ニュースにて、
「ネット広告の売上が、マスメディアの広告売上に肉薄している。今年あたり逆転するかもしれない」
という事実を知り、なるほどと思った次第である。
 
それにしても、某動画サイトYの広告表示がとにかくウザい。カットインの回数が多くタイミングも悪い。
そして、
「広告を視たくないなら有料会員になれ」
としきりに勧告される。
 
10年もの間、膨大な赤字を垂れ流しつつ膨大な無料ユーザーをかき集め、ニーズを確固たるものとする。
その上で嫌がらせの如き、ウザい広告を垂れ流す。そして、
「文句があるなら金を払え」
とのたまう。
 
これが、理想的ビジネスの有り様だと言えるのかどうか。モラルに裏打ちされたビジネススタイルなのか。
ユーザーは舌打ちしつつ、有料会員へと移行する。当然ながら、そこにwin-winの関係はない。やられた、しかたない……と、ユーザーは渋々財布の紐を緩めるのみである。
広告主だって、ユーザーのネガティブな感情の悪影響を受ける可能性がある。そんなビジネスモデルが、果たして今後も生き永らえるだろうか。
 
 
 

SIMロック解除義務の形骸化

幸田は2015年5月に、新たな携帯キャリアを契約し、端末も購入した。
折しも総務省によってSIMロック解除義務が打ち出され、2015年5月以降、ロック解除が義務付けられていた。ところが幸田の購入した端末は5月以前に発売された機種だったため、義務の対象外だったらしい。
もっと正確に言えば、端末自体にはロック解除機能がある。しかし解除義務がない以上、キャリア側が善意でそれをやる意思はさらさら無いらしい。
 
あれから4年が経過した。月額利用料が高いため、今回もっと利用料の安い携帯キャリアに乗り換える事にした。
SIMロックが解除出来ない以上、まだ傷一つないキレイな状態にもかかわらず、端末を破棄せざるを得ない。かと言って商品価値が低いため中古品として売る事も出来ない。
どうしようもないので、泣く泣く破棄する覚悟を決めた。ちなみに同じケースはこれで3回目(3台目)である。
 
で、別の携帯キャリアに乗り換え、SIMロック解除可能な端末を新規購入した。
そこにひとつ、幸田の誤算があった。いや、不勉強と言うべきか。……
つまり、近年は各キャリアが端末メーカーと図り、自社規格ガチガチに機能制限を施した端末を販売しているのである。なのでSIMロックを解除したところで、その端末がどの携帯キャリアでも流用出来るわけではないらしい。
 
おまけに幸田の購入した端末は、バッテリー交換時は3万円払ってメーカーに依頼……だそうである。
3万円も払うのであれば、破棄して別の端末を購入した方がマシではないか。
 
こうして再び、まだ充分利用可能な高額電子機器がゴミとなる。胸の痛む話である。
現代社会は、そういったムダを許容するビジネス環境、ビジネスモデルが平然と是認されている。
 
 
 

将来とのwin-win関係

最後にまた、江戸時代の話を持ち出す。
江戸時代は260年も持続した。
学者先生方は、
「徳川家が自らの保身を第一に考え、様々な制度を拵えた。それが奏功し260年も持続したのだ」
とのたまう。
 
これは大概、ウソである。
自家の利害のみ追求した政権は、古今東西長持ちしたためしがない。早晩、政権から人心が離反し、倒れる。
江戸時代の本質は、それと真逆である。高度な社会思想に裏打ちされた、持続可能な社会として設計されたからこそ、260年も続いたのだと言える。
 
その一例。江戸時代は極めて徹底した循環型社会だった。
江戸には「紙くず拾い」という職業が存在した。紙切れ一枚といえど、彼らが回収して漉き直し、再利用された。ムダ、浪費はとことん排除された。
 
将来に負の資産を残さないという社会思想に基づいている。つまり、将来とのwin-win関係を構築したと言える。
 
現代社会はどうか。
高度な高額電子機器があっさりゴミになり、埋め立てられる。たった今の経済的利益だけを徹底追求する社会。――
携帯キャリアはユーザーの囲い込みを、端末メーカーは製品の販売増のみを追求し、消費者に出費とゴミを強いる。
そこには将来とのwin-win関係など、全く考慮されていない。
 
そんな社会が長く持続可能たり得るのか。
手元に届いた新たなスマートフォン端末を眺めつつ、そんな事を考えさせられた。