「タブー」とは思考停止のこと。タブーを打破して前進すべし!!

いわゆる何と言いますか、アタマのアレな人ほど(笑)、タブーが多いですね。
あれもタブー。これもタブー。
 
物事をきちんと徹底追及し思考する力がないのです。
あるいは自己の中であちこち矛盾が増殖し、整合性がとれなくなるのです。ですから仕方なく、あちこちに「タブー」という名のシャッターを下ろして鍵をかけます。それ以上踏み込めない場所をたくさん作るのです。
うっかり誰かがそれに触れると、強烈な拒否反応を示します。

これは一種の自己防衛反応でしょうか。
敢えて正面からタブーに取り組んだ瞬間、これまで築き上げてきた自己の価値観や理論が粉々に崩壊してしまう、と薄々気付いているわけです。
 
古いタイプの日本人にとって、先般の橋下氏の慰安婦発言への反応がまさにそれでした。
マスコミが異常に騒ぎ、論陣を張る。論陣といっても、コメントを求められたマスコミ文化人の面々は誰一人として橋下氏の発言の真意を理解しておらず、求められるまま一般的なネガティブ発言に終始します。
 
その結果、何が問題なのか、何が悪いのかさっぱり不明のネガティブコメントが権威的に(!?)ズラリと並ぶわけです。
それを見た古いタイプの日本人が、これまた意味不明のネガティブ感情と共にタブーというシャッターを再び下ろします。
タブーに触れた人間を叩き、かつ従来同様、思考することを停止する。これが先日の橋下騒動の構図です。
 
今回の麻生氏の「ナチス」発言も同様ですね。
 
人種差別や迫害、民族主義、他国への侵攻など、当時の欧米列強はナチスに限らずどこでも当たり前にやっていました。
詳しい説明は省きますが、悪いのはナチスに限りません。多くの列強各国において同罪なのです。ナチスのみが飛び抜けて酷かった、というわけでもありません。しかしながら、敗戦国ということでその罪が全てナチスにおっ被せられただけなのです。
 
しかもそれを再検証するチャンスを、戦勝国が永久に奪いました。これこそが戦後の世界レジームの出発点になっています。
 
そういった本質を全く理解せず、ただひたすら欧米人と同様にナチスをタブー視し、タブーに触れたことを叩く。勿論発言者の意図、真意など二の次三の次。・・・・
実にバカげた話です。マスコミやマスコミ文化人は麻生氏に倣い、堂々とタブーに踏み込み麻生氏の思考を理解した上で、発言の是非を問うべきなのです。しかしそこまで全然及んでいない。レベルが低すぎます。
 
再度言います。タブーとは「思考停止」なのです。停止したまま放置し、改めて紐解こうという意思を放棄している、と理解すべきです。
ですからタブーがたくさん存在するのは、いわゆるアタマがアレな証拠だと自覚すべきなのです(^^;
 
戦後日本人はある種の人々の思惑に則り、極めて不自然な社会を作りました。その実現の過程において、実にたくさんのタブーを作りました。
そしてそのタブーを、あまりにも長く放置し過ぎました。
護憲論などまさにその典型ですね。日本という国はどうあるべきか、どのような国家戦略を必要としているのか、といった非常に重要な議論を行うことすら、長らくタブーになっています。
 
現在の日本の閉塞状態を打破するためには、あらゆるタブーを全てこじ開けていくような壮大なる試みが必要だ、と幸田は考えます。これもまた「戦後レジームの転換」でしょう。
 
本来ならマスコミこそが、それを真っ先に担うべきです。しかしそれができないのであれば、即刻ご退場頂きたいものです。麻生氏が仰るように、「マスコミがわあわあ騒ぐ」間は思考停止状態が続きます。前に進めないのです。