「天災で困ってるから、政府さん助けて~」ではダメじゃん

著作関連, 政治・経済

 
 
幸田の住む福岡も、いよいよ緊急事態宣言が発令されました。
何がどう変わるのか、よくわかりません。幸田自身は(2020年)1月末時点で、いつでも自宅籠城出来るよう準備していますので、あまり気にしていませんが……(笑)
 
いや、とはいえ、住まいの冷蔵庫が小さいので生鮮品や冷凍品をあまり溜め込めないため、不便なのは確かです。
時々は、覚悟して買い出しに行かざるを得ないでしょうね。
ですが、呼吸器疾患等を持っているため命懸けですな(^^;

現在、
「政府が緊急事態宣言を出すなら、休業補償等とワンセットでやるべきだろ!!」
と、世間で騒がれています。
これって正しいのでしょうか。
 
本来、天然の災害であるウィルス感染が拡大したからと言って、政府が市民生活を補償せにゃならん……という理屈はちゃんちゃらおかしいんですよ。
そこんとこ、皆さん理解しているんでしょうかね!?
 
昔から天災は天災です。誰のせいでもありません。一般市民は上から下まで、甘んじて受け入れるしかありません。
原則論としては、被る損害を切り抜けるのは私達一般市民自身の責任です。地震や台風被害等、局所的なものであれば政府も救援や支援に乗り出しますが、今回のように全国規模世界規模であれば、そりゃ当然ムリってもんです。
 
そりゃ確かに戦後の日本政府は、日本古来の大家族制&世襲制を完全破壊し、成年男女をことごとく納税労働者に貶めてしまいました。
こうして社会の最小構成単位たる家族を脆弱にし、搾り取れるだけ搾り取り続け、災害等の危機に対する一般市民の耐性を下げてしまいました。
 
「だから政府は、今こそ国民に対し充分な補償をする義務がある」
といえば、まあ確かに筋は通ります。
「ここまでの新型コロナウィルス対策の不手際の、責任を取るべし」
といえば、これも避けようが無いでしょう。
しかし原理原則論で言えば、また一般市民の理想的在り方を問えば、現在の私達が己れの脆弱さに何ら危機意識を抱かなかった事の方がおかしいのです。
 
他国を見て下さい。例えばロシア。――
ロシアはご存知の通り、1998年に国家がデフォルトしました。
でも国民は生き延びましたよね。
これがもし日本なら、どうだったでしょうか。恐らく生き延びられないですよね。今日の私達一般市民がいかに脆弱か、いかに危機への備えが足りないか、よく理解できることと思います。
 
ちなみに付け加えますと、今、目の前で起きている状況は、未曾有の危機でも何でもありません。100年スパン程度で何度も何度も発生しているレベルの、想定内の危機状況です。
「想定外だったから何の備えもないわ~(あたふた)」
では済まないのです。
 
では、昔はどうだったのでしょうか。歴史を知れば、いかに現在の在り方がデタラメか、よく解るというものです。
 
例えば社会の完成度が殊更高かった江戸時代。――
社会の最小構成単位は「大家族」でした。かつ、家業は世襲でした。
 
何故か。その方が、核家族小規模家族より強固だからです。
家業、資産、家長を核とする家族一族――つまり横の繋がり――が強固でした。またそれが世襲であるという、世代間の縦の繋がりが強固でした。
加えて村落という、家族一族を越えた横の繋がりも、今日の地域コミューンよりずっと強固でした。
 
大事なのは、横の繋がりだけではありませんよ。
特にこの災害列島日本においては、各地で度々大災害が発生します。また江戸時代は寒冷期にあたりましたし、世界的な火山噴火もあって、大飢饉にも随分と見舞われました。
 
つまり世代単一で見ると、良い世代もあれば悲惨な世代もあるわけです。たまたま災害を被った世代は大変だったのです。ですから世代間の相互扶助……と言いますか、世代間で均すという発想がありました。
比較的好調な世代は、ちゃんと蓄えをした。運悪く酷い天災を被った世代は、先代の蓄えでしのいだ。状況が好転すれば、改めて仕事に精を出し、次の世代へと蓄えを残した。……
 
これが即ち、縦の繋がりです。
世代という、縦の繋がりによる「強靭さ」です。危機への耐性です。
それを、日本古来の社会思想が教えていました。
子が成人すると外へ出、新たな核家族を構成する。そして分割相続と相続税にて代々資産を減らしてゆく。備えすらままならぬ程、脆弱化が進む。……そんな今日の一般市民、今日の社会の在り方とは大違いです。
 
加えて昔は為政者のモラルが素晴らしい。
徳川幕府は天保の大飢饉の際、庶民達に備蓄米を放出しました。その備蓄米、一番古い物は50年だとか60年前の米だったそうです(!!)
 
幕府は何も、米が余りに余って処分に困っていたから、庶民達に恵んだわけではありませんよ。
幕府だって慢性的な財政難でしたから、余り物ならさっさと売っぱらって金に替えたかった筈です。しかしそれをやらなかった。
これはつまり、幕府が被支配階級を搾取していなかった証拠でもあり、また危機に備えて「庶民救済のためしっかり備蓄すべし」、というモラルを有していた証拠でもあります。
 
もう一つ付け加えると、天保の大飢饉から50年遡ると、天明の大飢饉です。
そこから何が判るのか。幕府は天明の大飢饉をしのぎ切るなり、早速次の天災に備えて備蓄を始めていた……という事実です。
現在の日本政府のように、常に膨大な財政赤字を垂れ流しつつろくな備えもない状況と比較すると、モラル的に大違いなのです。
 
日本には太古より、長く栄えある歴史に育まれた、極めて進歩的な社会思想が存在しました。
徳川家康は戦乱を終息させ幕府を発足させるにあたり、それを徹底的に研究し、実に高度な社会を築きました。家康という人物は単なる、辛抱が信条の地味~な戦国大名……ではないのです。
だからこそ徳川幕府は、何度も危機的状況を乗り越えつつ260年も持続しました。
 
私達は、そこに学ぶべきだと思うのです。
現在の危機状況を乗り越えた後、いかなる新たな社会を築き上げるか。……
その処方箋が、我が国の歴史に在ります。
 
 

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