教育勅語のどこが悪い!?

2017/05/09

教育勅語が話題となっています。
敗戦後、教育勅語を敵視する風潮が極めて強いのですが、しかし教育勅語の一体どこが悪いのでしょうか。
 

【教育勅語と現代語訳】
http://chusan.info/kobore8/4132chokugo.htm

 
フリガナの入った文をお読み下さい。
父母への孝、夫婦や兄弟、友への愛や和を説いています。そして公益を重んじ国法を遵守しろ、もしひとたび事あらば公のために尽くせ。これが我が国の、昔からの教訓だ、道理だ・・・・と書かれています。
何か間違っていますか? 変なことが書かれていますか?

1点だけ引っかかるとすれば、現代語訳の方に、
「もし危急の事態が生じたら、正義心から勇気をもって公のために奉仕し、それによって永遠に続く皇室の運命を助けるようにしなさい」
という部分ではないでしょうか。
「皇室に尽くしなさい」と解釈しています。
 
ここが、要するに学者先生方の捏造です。
文脈から考えると、「皇運」とは「皇室の運命」ではなく「皇国(即ち我が国)の命運」と解釈すべきなのです。
 
そうですよね!?
素直に読めば、
我が国の運命を助けるようにしなさい」
と説いているのです。
 
そこを、誤りとは断言できないまでも微妙なすり替えを行い、全体的な意味合いをガラリと捻じ曲げてネガティブイメージを私達に植え付けているわけです。
「命懸けで皇室を助けろ、と言っているのだ。ヒドい話だろ!?」
と刷り込んでいるのです。
 
直前で「公益」について説いているのに、対象が突然「皇室」に限定されるというのは、解釈として極めて不自然です。
敗戦後の学者先生方は、諸事このような手法で、過去の日本の精神だとか価値観を貶めているわけです。
 
以前、以下の記事を書きました。
 

【幸田蒼之助の休日】 2016/07/10
“天皇とは「元祖・引き寄せの法則」の実践者”

http://offtime.sohnosuke.com/?p=11396

 
敗戦後の日本人は、天皇や天皇制について知らな過ぎます。
これはGHQ占領下の学者先生方が、職欲しさにGHQの片棒を担ぎ、「天皇制は悪」という価値観を私達日本人に刷り込みたかったがめです。
 
天皇や皇室、天皇制の何たるかを教えない。その上で教育勅語の解釈を捏造する。捻じ曲げる。しかし私達は理解のベースとなる知識を有しないため、捏造に気づかない。・・・・
 
天皇の役割とは、古来、
「神に代わって、この世界が幸せで豊かで平和であるよう、命懸けでひたすら念じ続ける」
というものです。
どんなに苦しかろうとも、幸せで豊かで平和な世の中が実現するまで念じ続ける。世の中が乱れているのは自らの力不足と認じ、日々歯を食いしばってひたすら念じる。
自らの内に神を招じ入れ、神と同じ役割を果たす。
 
神同様、そこに私心を一切交えない。この世界における公の存在。・・・・
日本人は皇民として、そんな私利私欲なき天皇を支えつつ、一致団結して幸せで豊かで平和な世界の実現に務める。
これが、2千年以上にわたって培われてきた「日本の精神」なのです。
 
どんなに世の中が乱れていようと、天皇がひとたび、
「こうあることを願います」
と言葉を発すれば、たちまち義士があちこちに溢れ出て、その実現に命を懸ける。これが日本の精神でありシステムなのです。2千年を超える日本の歴史はこうして築かれたのです。幕末維新の時代がその好例です。
 
日本とはそういう国だったのです。
天皇は他国の皇帝や王とはまるで異なり、強権を振るう支配者ではありません。勿論庶民から搾取する存在でもありません。私利私欲なき尊い存在で、誰もが自然にリスペクトしていました。
 
だからこそ進駐してきたマッカーサーは、
「私の命はどうなっても良い。代わりに日本国民全員を助けてくれ」
と昭和天皇から懇願され、大いに驚きました。
マッカーサーは天皇が、他国の皇帝や王同様、私財をまとめて真っ先に逃げ出すと考えていました。しかし現実は異なりました。天皇の私心なき高潔な精神に触れ、天皇及び天皇制に対する認識を改めたといいます。
 
と同時に、日本の強さの源泉が、この天皇を中心とする日本の精神、日本のシステムにあると分析しました。
 
そこでそれを徹底破壊する戦略を打ち立てます。学者先生方を利用し、日本の精神や価値観をぶっ壊していったのです。
教育勅語が正に、その対象でした。
教育勅語は、日本が西洋型近代国家でありつつ過去の精神やシステムを継承する、要の役割を果たしていました。だからこそ学者先生方の手により、真っ先にぶっ壊されたのです。
 
私達はそういう、敗戦後の裏事情を理解する必要があると思います。
理解した上で、改めて教育勅語に目を通して下さい。
教育勅語のどこに、問題がありますか!?