「勤労の義務」という「ウソ」

現代日本のウソやイカサマを暴露する本(仮)

  • オレ達ぁ何のため、誰のために働いちょると? 食っていくためじゃね!?
  • 学校では「勤労の義務」って習ったぞ。
  • 金持ちとか、食うに困らん人間は働かんでいいっちゃね?
  • 国から「義務」とか言われたくねえよなあ。

 
 
私達は子供の頃より、両親や学校の先生から、
「働かざる者、食うべからず」
と教わります。そして「国民の三大義務」として、「勤労の義務」を教わります。

しかしこれは、本当に正しいのでしょうか。私達は、食べていくためのお金がないから、それを稼ぐために働くのであって、お金があるなら働かなくても良いのではないでしょうか。
少なくとも、国から「働け」と言われる筋合いはないですよね。
 
確かに勤労は「美徳」だと思います。働くことによって誰かの役に立ちたい。素晴らしいことだと思います。しかし国から、
「義務だ」
と決めつけられるのは、いかがなものでしょうか。
 
疑問を抱き、色々と調べてみると、驚くべきことに気付かされます。まず現代の諸国家において、
「勤労は国民の義務だ」
と書かれているのは、日本と北朝鮮だけなんだとか(苦笑)
 
つまり一歩日本から外に出ると、勤労は義務でもなんでもないのです。日本の常識は世界の非常識。海外の人々からは、
「日本人、アタマオカシイゾ」
と思われているわけです。いや冗談じゃないですよ(^^;
 
さすがに先進国は貨幣経済どっぷり状態ですので、金持ち以外は大抵働いています。しかしアフリカ辺りでは、
「働かないのが当たり前」
のようです。食えるのであれば働く必要などない、と。・・・・
 
ヒトの歴史を考えても、その方がずっと自然です。働くことを他人から強要されるのは「奴隷」だけです。私達、日本の一般市民は奴隷ですか? 違いますよね。立派な主権者である筈です。
 
自らの意思で「働きたい」というのであれば、それは素晴らしいことです。
「私は美味しい料理を作れる。少しでも多くの人に、私の料理を振る舞いたい」
だとか、
「オレは医者になって、少しでも多くの人の命を救いたい」
などといった純粋な意思でもって、自ら働くのであれば素晴らしい。大いに結構です。ですが大半の人々は、
「働かざる者食うべからず(勤労の義務)って言うから~、仕方ねえよなあ・・・・」
と、他人から強要されて働く身分に甘んじているわけです。
 
では何故、日本国憲法に「勤労の義務」がうたわれているのでしょうか。調べてみるとヒジョーに驚きます。
 
1945年の敗戦後、占領軍GHQがやってきます。ちなみに学校では「終戦」「進駐軍」と教わりますが、それらもインチキです(苦笑) 「占領軍」が正しい。
そのGHQが新憲法の草案を作ります。ちなみにこれは、れっきとした国際法違反(ハーグ陸戦条約に「戦勝国が戦敗国の憲法を作ってはならない」と書かれている)です。
 
GHQは日本の国会に新憲法草案を渡し、
「これをちょちょっと加筆修正して国会で可決し、憲法改正しろ」
と命じます。この時点ではまだ、草案に「勤労の義務」はありませんでした。
 
しかし、なんと日本社会党(現社民党)が社会主義国の憲法を範に、
「勤労義務を憲法に明記しよう」
と提案し、それが通ってしまったようです。つまり、自由主義国民主主義国の憲法としては、ある意味不可解な規定であると言えます。
 
というわけで、私達日本人は改めて、
「勤労はホントに義務なのか? 私達は何のために働いているのか?」
を問い直すべきではないか、と幸田は考えます。これ、実は結構深いテーマです。

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