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3千人規模の検査体制すら無いグローバリズム!? 2019新型コロナウイルス ー その7

豪華クルーズ船には幸田も前々から興味がありまして、過去にその運営のドキュメンタリー番組を観たことがあります。
やはり感染症発生リスクには物凄く気を使っていて、いざ患者が発生した場合のマニュアルなんかもしっかりしているようです。
で、スタッフが素早く動いて対処する。なるほどスゲーわと感心した覚えがあります。
 
ですが今回のダイヤモンド・プリンセスのように、あっという間に大規模な感染が発生した場合は、さすがにどうしようもないでしょうね。
こうなる時というのは、会社側も倒産を覚悟していることでしょう。

一方で呆れるのが、日本政府ですよ(^^;
案の定といいますか、菅官房長官が記者会見でゲロっていますね。3千人規模の検査は厳しいものがある……と。
民間企業ならいざしらず、国がそんなことで許されるのですかね。

【共同通信】 2020/02/10
“全員検査「現状では厳しい」と菅氏”

https://this.kiji.is/599506812735800417>
 
菅義偉官房長官は10日の記者会見で、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客乗員全員に対するウイルス検査について「現状では厳しいものがある」と述べた。

4桁はおろか、5桁6桁の海外客を喜んで受け入れようとする癖に、そのリスクに関してはお粗末な体制しか用意していない。呆れた話です。
アホか!!
 
体制どころか、この手のリスクに関して議論すら不足していたのだろうと推察します。だから今回も、政府の判断や行動が後手後手なのでしょう。
 
幕末。――
黒船来航により、徳川幕府が開国を決意した際、日本中が大騒ぎとなりました。
国を挙げて、攘夷だ開国だと大激論になりました。
 
一般的な歴史教育だとか小説、ドラマレベルでは、
「この神州日本に毛唐共を入れるなど、断じてまかりならん!! 汚れる」
……などと、アタマの固いバカが沸いて攘夷論が流行りました……としか教えません。
いえいえいえ。とんでもない話です。
 
実は当時、黒船の船員がコレラに罹患していました。
米国側はそれを隠しつつ患者を日本に上陸させたため、コレラがたちまち日本中に蔓延したのです。その死者10万人超と言われる、安政5年の大流行です。
 
実はその前にも、日本では1度、コレラの大流行がありました。海外経由で九州に伝わり、西日本で猛威をふるったのです。
「毛唐共を国内に入れると汚れる」という危機意識は、そういったところに起因します。
 
で、実際に米国ミシシッピー号の罹患者からコレラが蔓延し始め、過去以上に大流行したため、
「それみたことか!!」
とますます攘夷論が高まったわけです。
「天子様のおわす京都に近い神戸を開港するなんざ、言語道断!!」
と、志士達が騒いだのです。
 
つまり、開国には多くのリスクを伴う……ということです。コレラはその一例に過ぎません。
昔の日本人は現在の我々よりずっと色々物を考える習慣があったので、知人達ととことん議論しまくっていました。誰もが自分達自身の問題として、国家安全保障について考えたわけです。
 
それに比べて、現代日本人の思考のお粗末なこと……(^^;
 
何かを限定する、あるいは閉鎖するというのは、手を伸ばす範囲を限定した上でマネジメントを万全にしたいからです。例えば江戸時代の鎖国がそうです。
その、閉ざしたものを開放していく時というのは、その開放具合によってリスクが増大するわけです。マネジメントの及ばない範囲が増大し、そこにリスクが伴うのです。それが非常に怖いんです。
 
先日もとりあげた話ですが、グローバリズムなんてのはまさにそれですよ。リスクもいわば無限大です。
 
例えば一般家庭を想像して下さい。
必要に応じて窓やドアを開け閉めしますよね。外出時や夜は施錠します。つまり家人の意思により、住居のセキュリティをしっかりマネジメントしています。
これを、
「各家庭が独自判断で、窓やドアに施錠するのは間違っている。閉鎖的独善的だ。住居の窓やドアは全て、常にオープンであるべきだ。他人の自由な出入りを阻むのはけしからん!!」
と言っているのが、まさにグローバリズムです。
 
とんでもない暴論ですよね。と同時に、それを実行するとなると無限のリスクを負うことになるんですよ。
これがグローバリズムの正体です。
一体誰が得をするのかというと、あちこち好きに動き回って金目のモノを根こそぎ頂こう……と目論むドロボー野郎だけです。
 
それに飄々と乗っかっているのが、日本政府なんですわ。
そのリスクなんてほとんど考慮していない、自分達の目先の利益を追うのみ……という事実が今回の菅官房長官の発言に透けて見えますね。
時折言っていますが、この国の政府は既に行政機関としての責任能力を有していないことが、こんな事からも判明するのです。