生活保護についてモノ申す!! ー その5
3.の人々の存在も、本来この日本社会は肯定しなければいけません。いろいろな人がいるのだ、いろいろな人がいて当然だ、と。
ところが現実には、そういう人々を受け入れられるような、懐の深い社会としてデザインされていない。いやそれ以前に、ごくごくフツーの人すら生きていくのが大変な状況です。
それこそが実は最大の問題なのです。しかしそこから目をそらし、3.の人々を否定する。セーフティネットたる生活保護制度を否定する。社会全体のグランドデザインのマズさに全く目を向けない。これが非常によろしくないと感じます。
1.および2.の方々にとっても同じことが言えます。
さあ社会復帰しよう、と思っても復帰へのスキームが貧弱だし、繰り返しになりますが彼らを受け入れる社会の側も懐に余裕がありません。
例えば自らのビジネスを始めよう、再開しようと思っても、元手を貯めるだとか融資を受けるといった手段が全くありません。
必然的に、どこかの企業等に雇ってもらうという手段しか残されていませんが、中高年の再雇用システムは実質崩壊しています。皆さんご存知のように、まずハローワークがまともに機能していません。
運良く雇ってもらえたとしても極めて待遇が悪く、再び貧民に陥るのがオチです。そして食っていくために無理を繰り返し、悪循環に陥ります。
また障害や持病を持つ人には、それぞれ個別の問題や事情を抱えているものですが、それらにどれだけ理解、配慮しているでしょうか。
完全復帰へのハードルは極めて高い、と言わざるを得ません。
「いやいや。優秀な人はちゃんと立派に、第一線に復帰できているじゃないか」
と仰る方も、いらっしゃるかもしれません。
しかしよく考えて下さい。優秀な方だけが、社会への完全復帰を許されるというのが正しいのですか、と。
まともに努力すれば、全ての人々が豊かに幸せにくらしていけるよう社会復帰できる、という社会を目指すべきではないでしょうか。
というわけで結論。
生活保護受給者を目の敵にするのは間違っていると思います。
受給者の方々はある意味、社会の犠牲者なのです。社会全体のグランドデザインがマズく、結果として末端の生活保護が諸問題や矛盾の吹き溜まりになっているのです。
そしてその生活保護制度自体も、制度設計がマズい上に腐敗していると言えます。つまり受給者だけが糾弾される現状は明らかにおかしいのです。
いずれ稿を改めますが、日本がまともな国民主権国家であれば、最大多数の最大幸福を目指してしかるべきです。かつそこに「持続可能な」という一文が付きます。しかし現実にはそうなっていません。
生活保護に目を向けると、まさにそれが如実にあらわれています。現在の日本社会が抱える問題点、何をどう改善すべきなのかを知ることができます。
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