愚民化白痴化ツール「学校教科書」

日本人白痴化、ここに極まれり

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ガキの頃、小学校教員をしていた親父と、よく教科書について議論をしていました。
親父曰く、
「教科書一冊あれば、ちゃんと勉強出来る。オレは教科書だけで国立大学を出たんだ」
と。
 
戦時中に台湾で生まれ、敗戦直後、宮崎県に引き上げ。
祖父が警察官だった親父一家は困窮し、口減らしのため、長男たる親父は親戚を転々とたらい回しに。……

苦労して育ち、何とか地元国立大学を出た親父に言わせれば、
「昔から金に余裕のある家の連中は、問題集やら参考書やら色々と買い与えられていた。しかしそんなモノが無くとも、出来るヤツはデキるし出来ないヤツはデキなかった」
だそうで、幸田も参考書ひとつねだっても嫌な顔され、塾はおろか通信添削すら、やらせてもらえませんでした。
 
「教科書一冊あれば、ちゃんと勉強出来る」
という、幸田の親父のポリシーでした。幸田はそれに随分と苦しめられました。
親父の「教科書観」「教育観」は正しいのでしょうか。
 
 
 

教科書とは何か!?

そもそも幸田の親父は、教員の癖に、
「教科書とは何のために存在するのか」
をまるで理解していなかったんですよ。何十年も教員をやっている癖に、何も解っていない。
 
教科書とはつまり、
「教員が生徒に、授業というスタイルで勉強を教えるために用意されたテキスト」
なのです。
「授業補完ツール」に過ぎないのです。
 
だから、要点が効率よくまとめられていない。強調すらされていない。
練習問題が少ない。解答も付属していない。
それどころか、当該単元の目的や狙いさえも明示されていないのです。
 
「なるほど。この単元を勉強すれば、こういう事が身に付いて、将来こんなシーンでこんな具合に役立つんだ……。よっしゃ、頑張って勉強しよ~っと」
なんて具合に、子供のモチベーションを高めることがない。
学習のポイントも解りづらい。練習問題を解いても答え合わせが出来ない。
 
全くもって自学自習に向かない、自学自習を全く意図していない構成なんです。
 
ついでに言えば、それが既に解明済みの「真理」なのか、それとも未解明の「仮説」段階なのかも、きちんと区別していない。仮説であっても「正解」と刷り込む。
これが、アカデミズムに対し人々を盲信させています。疑問を抱く機会を奪い、学問を権威化宗教化しています。
 
 
 

学校教科書の正体

結局、先生のダラダラと長い授業に付き合い、しっかりノートを取り、練習問題の解答を転記しなければ、教材として完結しないんですね。
逆に言えば、自学自習用テキストとしては不完全なんです。教科書と授業とそのノートが揃って、やっと自学自習可能なテキストとして成り立つんです。
 
これが、学校教科書の正体です。
学校教科書の存在意義です。
 
学問とは本来、自らの意思によって自ら学ぶモノです。
昔は本当に学びたい者が、自らの意思で寺子屋だとか学校に通いました。
そして師の手助けを借りつつ、自ら学びました。たとえそれが講義というスタイルであろうと、学ぶべき事を自ら探して学び取ったわけです。
 
ですが戦後教育においては、それを受動的な「勉強」にすり替えた。
「授けるモノを、強いて勉めさせる」
というスタイルに変更した。教科書も勿論、それに沿って編集されているわけです。
 
 
 

愚民化白痴化政策

普通の能力を備えた子供であれば、教科書程度の内容は、モチベーションさえ刺激してやれば自力で勝手に学んでしまうレベルなんです。
誰かに1から10まで教えてもらう必要はない。自分で学び進め、解らない所だけちょちょっと大人から教えて貰えば充分なんです。
 
それを完全に、授業に依存させる。教育システム側の都合で、進捗をコントロールする。優秀な子もそうでない子も、全て授業にダラダラと付き合わせる。
現代日本の教育システムは、そういう非合理的かつ非効率なスタイルなのです。
そして、それを象徴するのが学校教科書だと言えます。優秀な子に、勝手な自学自習を進めないよう抑制しているのです。
 
まさに、愚民化白痴化政策です。
素質のある子を育てず、均質化する。これが現代日本の凋落、崩壊に繋がっているのです。
 
実はこれこそが、GHQ主導による戦後教育改革の目的でした。
幸田の親父は教員だった癖に、そこまで含めて教科書の意義、役割を全く理解していませんでした。
 
 
 

授業と教科書から自立すべし

というわけで、素質もあって将来の野望を抱く子供ほど、授業と教科書から自立すべきでしょうね。
 
教科書1単元の内容なんて、本来1~2時間もあれば充分習得可能です。1科目上下巻で、正味2週間程度の分量でしかありません。
COVID-19騒動で授業時数が減り、問題になっています。ですが普通科高校生ならばともかく、小中学生にとってはどうにでもなる話です。
 
そして空いた時間を有効活用して下さい。
社会人となる前にやっておくべき事は、実はかなり沢山あります。ですが大抵の大人は、それをやらないまま過ごして来ました。
 
特に、読書が大事だと思います。
良書を沢山読んで下さい。教科書の記述に疑問を持ち、専門書にもどんどん手を出して下さい。
文芸書もそれなりに読むべきです。
漫画やライトノベルばかりではダメですよ(笑) 幸田も最近になって、勉強のため幾つかライトノベルを読みましたが、あんなモノばっか読んでると真っ当な日本語センスは養われません。
 
幼少期少年期というのは、非常に貴重です。多くの事柄を素早く吸収出来る、いわゆるボーナスタイムです。
その貴重な時期を学校教育によって、大半をムダに費やすという愚行、愚民化白痴化政策が70年以上も続いているのです。その犠牲になってはいけません。