「勤労の義務」をバッサリ斬る

2015/06/03

この稿において不肖幸田が目指すものは、少しでも多くの方に、何かに気付き、幸せになって欲しいということです。
 
私だけ勝手に幸せになってもいいんですけどね(笑) 少しでも多くの方々を幸せにする。そこに幸田自身の存在価値を見出すものです。
そしてその、幸せの障害になっていると思われる、いわゆる「常識のウソ」を暴いていこうというのがこの企画です。
 
しかも今回は、随分大胆な企画に足を踏み込みます。「勤労の義務」についてです。

 

勤労ははたして「義務」なのか?

私達は子供の頃から、そう教え込まれてきました。いや刷り込まれてきました。
私など特に純真無垢でしたから(笑)、実にあっさりと「義務」として刷り込まれました。私の親父はそれこそ教員なのですが(ちなみにお袋も教員なんですけど….汗)、口癖のように、
「働かざる者、食うべからず」
と言っていましたっけ。
 
勤労ってホントに義務なんでしょうか。
結論を言わせて頂きますと、ウソです。我々は戦後教育によって、文字通り刷り込まれてきただけなのです。
 
義務というのは、命令の次くらいに重い言葉ですね。働くということは「決してそんなに重い言葉で強いられるべきものではない」はずなのです。
 
 

歴史的には決して「義務」ではない

ウソだと思うようでしたら、帝国憲法を調べてみて下さい。勤労が義務だとはどこにも書いてありませんよ。
ずっと古い時代を見てみましょうか。日本最古の法典、憲法十七条。いや法典というよりモラルですが・・・・。これにも「勤労の義務」なんてうたわれていません。
 
念のため、少し時代を戻ります。江戸時代。
前稿でも取り上げましたが、いわゆる「日本人は勤勉」イメージの象徴とも言うべき時代です。
この頃でさえ、決して勤労を義務とまで言っていないんですよね。
徳川幕府が、確固たる被支配階級だった農民に対し、かろうじて触書などで「ビシバシ働いてくれよ」と諭した程度なのです。儒教思想などをうまく利用して。
 
ざっとこれだけ見れば、おわかりですよね。他の時代においても、被支配階級以外において「勤労の義務」を見たことがありません。
 
ダメ押しです。ググって他国の事情を調べてみて下さい。
堂々と「勤労の義務」を明記する国があるでしょうか? 幸田がちょちょっと調べてみた限りでは、日本と北朝鮮だけのようです(^^;
 
要するに、
「日本人は勤勉」
というイメージと同じなんです。いやそのイメージとワンセットだったのかもしれません。戦後になって作られた「急ごしらえ」の常識なのです。
少なくとも、長い歴史、東西の歴史に耐え抜いた「確固たるホンモノの常識」ではないのです。