「フィンランディア」を聴きながら

国際社会と「日本人の矜持」

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 芸術は、時に血生臭い。
 
 西洋音楽は特にそうである。
 彼の地の、とりわけ神話や歴史を題材とした音楽には、威勢の良い響きの裏に血生臭さが漂うのを感じる時がある。

現在執筆中の小説の、冒頭(仮)。駄文なんぞ掲示して誠に恐縮だが……。
 
本日、某動画サイトを開いたら、たまたまお勧め動画としてシベリウスの「フィンランディア」が挙がっていた。
懐かしい。
幸田がガキの頃、好きだった曲。

ちなみにこれぞ正に、何やら血生臭さを感じさせられる曲である。
シベリウスが大好きで、そのセンスに共感していた。が一方で、このフィンランディアに対しては、長らくちょっと距離を置いていた。カンペキなセンスと表裏一体の、軽妙さ軽薄さを感じ、また硝煙の臭いが気になり本能的に忌避していた。
 
なので、好きだったけれどあまり聴かなかった。この曲を聴くのは実に30年ぶり位か。
懐かしさを感じながら聴きつつ、この曲の歴史的背景をググってみた。
 
で、なるほどと理解した。幸田が何となく感じ取っていた通り、
「ロシアの圧政に対抗し、『祖国フィンランド人よ。目覚めよ、立ち上がれ』と鼓舞する曲」
らしい。
今なら、そのシベリウスの思いに共感できる、と思った。
 
幸田はそれこそ、現代日本人の典型だろう。
両親は教員、それも日教組。ガキの頃からバカお袋に、
「喧嘩は絶対、やっちゃダメ」
と厳しく躾けられた。その癖バカお袋自身は、しょうもない理由でほとんど反射的に息子二人の横っ面を叩く、暴力人間だったわけだが……(^^;
 
結果幸田は、ガキ大将的な喧嘩っ早いバカ共に手を上げられようと、常に泣き寝入りという、実に嘆かわしい小学生時代をおくった。そのせいでバカ弟にまで舐められ続けた。
当時もそうだが、今なら確信を以って言える。あれは完全に間違っていた。道理を解しないバカは、時にぶん殴るべきだった。
現在いじめにあって苦しんでいる子供の中にも、何割か、同様に厳しく躾けられた挙げ句反攻出来ないケースがあるのではないか!?
 
争いは、徹頭徹尾忌避すべきである。
互いに互いを信頼し、仲良く共存共生する、というのが理想。
が、それはちゃんと道理の通じる、すなわち信頼に足る相手である場合に限る。
まるで道理の通じない、モラルや知性の低い相手は幾らでも存在する。それが現実である。
 
そういう意味で、幸田は日本国憲法前文を「お花畑/幻想」と認識している。バカお袋の思考とも通じる……と感じる。
 
私達は、そういった道理の通じない連中とも付き合わざるを得ない。周辺諸国など、まさにそうではないか。
そんな連中と付き合った結果、自らが多大な損失を被るようであれば、それは全力で避けなければならない。
ましてや自身の生存にかかわるような事態が生じれば、尚更だろう。
 
自らの利益が不当に侵されている時、それどころか生存の危機に立たされている時、いかに相手と交渉を試みようが改善が見えなければ、その時は敢然と闘うべきではないか!?
そんな事態に至ってもなお、争いに踏み切らない人間は、ただのバカだろう。
 
かつて、他者に支配され、圧政に嘆く国々が多数存在した。前述のフィンランドなど、正にそれである。
勿論、現在でも存在する。昨今、やっと話題に上るようになったウイグルなどがそうである。
 
彼らの歴史を見れば、良く解かる。他者に支配される事の、恐ろしさが。――
 
生存権が侵されそうになれば、これは理屈抜きで即座に立ち上がるべきである。
同じく、他者に支配されそうな事態に至らば、やはり立ち上がるべきである。他者に支配されれば生存権だけは保証されるかもしれないが、それは生存権を失うに等しい苦しみを味わう事になる。他国の歴史がそれを教え諭している。
 
「喧嘩は絶対、やっちゃダメ」
と、子供の頃から躾けられ洗脳され育った、現代日本人。
その行く末に、どのような事態が待ち受けているのか。
 
戦後の日本は、とことん腐りきっている。
昨今の、新型コロナ禍に対する政府の対応や、オリンピック開催騒動を見れば明らかだろう。
諸外国の怪しげな連中が、日本を蝕むべく利をちらつかせる。日本の政治家や行政が、私腹を肥やそうとそれらに群がる。そして平然と利敵行為を続ける。
結果、今日の日本は亡国への道をひた走っている。
 
それに対し、私達日本人は、ただただ「反対!!」の声を上げるだけ。一向に立ち上がらない。
 
本当に、それが正しいのか。
いかなる事態にあろうと、争いは徹頭徹尾忌避すべきなのか。
立ち上がるべきタイミングにおいて、即座に立ち上がる方が正しいのではないか。
 
ひたすら我慢し続け、立ち上がるべきタイミングを完全に逸し、いよいよ限界点に達してから立ち上がる……と、どうなるのか。
歴史が、それを教えてくれているのではないか。私達日本人は、ちゃんとそれに学んでいるだろうか。くだらぬ愚を、再び繰り返してはいないか。
 
日本人は幸いにも、その長い歴史において、他国から支配された経験がなかった。
今日の日本は、初めてその経験をしつつあると言えるだろう。
私達日本人は、今、どうあるべきなのか。どう振る舞うべきなのか。久々に懐かしい曲を聴きつつ、そんな事を考えさせられた。
 
私達は常に学ばなければならない。そしてそれを糧に、立ち上がるべき時がある。
あらためて、そう考えさせられた。